第100章 君に詠む
信長様の方に視線をやると、表情を変えぬまま手元の扇子を弄んでおられる。
「あの、綾姫様は他の出席者の方をご存知なのですか?私、あまり詳しいことは聞いてなくて…」
「え、ええ、知ってるけど…」
綾姫様は信長様の方をチラリと見ながら言い淀む。
(あれ?私、変なこと聞いたかな?何かあるの??)
綾姫様の視線を追って私も信長様の方を見ると……
(ひぃっ…み、光秀さんっ、何でそんな怖い顔で睨むの??)
信長様の傍に控えていた光秀さんが、凍りつくような冷たい目で綾姫様を睨んでいた。
綾姫様が部屋に入ってこられた時も表情を変えず、一言も発さぬまま影のように信長様の傍に控えていた光秀さんだったが、その眼光鋭い眼差しは今、一直線に綾姫様に向けられていた。
「っ…ま、まぁ、もうすぐ始まるんだし、貴女は知らなくても大丈夫よ!それより、貴女、和歌の方は大丈夫なの?ちゃんと詠めるんでしょうね?つまらない歌なんて詠まないでよ!」
「は、はぁ…頑張ります…」
光秀さんの無言の圧力にたじろいだ綾姫様は、不自然に話を逸らしてしまい、私は結局、女人の出席者の方の詳細を知ることはできなかった。
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光秀さんの冷たい視線に居た堪れなくなったのか、綾姫様は早々に自分の控室に戻られてしまった。
(女同士、もうちょっと話したかったな。宮中のしきたりとか、聞きたいこともあったのに…)
それでも、何とも言えない居心地悪さのせいで心細く思っていたところに、予期せず綾姫様と出会え、その歯に絹着せぬ物言いに触れたことで、随分と気持ちが和らいだこともまた事実だった。
「……朱里」
「は、はい…っ、んっ…」
それまで無言のままだった信長様が、徐ろに私の手を取り、チュッと手の甲に口付けを落とす。
唇が柔らかく触れる程度の軽い口付けだったが、突然のことに慌ててしまう。
「やっ…き、急に何を…??」
「ふっ…貴様がまた憂い顔をしているからだ。やはり不安か?」
「っ…そうですね。全く不安がないと言うと嘘になりますけど…信長様が隣にいて下さるので…大丈夫です」
「案ずるな、貴様を一人にはせぬ。何があろうとな」
「はい…」
自信に満ちた信長様の言葉は、揺らいでいた私の心を落ち着かせてくれる。
この方と一緒なら、きっと大丈夫だと……