第100章 君に詠む
御所に着くと、そのまま控えの間に案内された。
ここで『曲水の宴』が始まるまでの間を待つのだという。
控えの間といっても、見事な装飾の襖や上品な趣の調度品が飾られた立派な部屋で、思わず見惚れてしまうほどだった。
(はぁ…やっぱり緊張するな。着慣れない衣装のせいもあるけど、武家の様式とは違うことが多くて…)
ここへ来る途中にすれ違った女官達の立ち居振舞いも、城で自分に仕えてくれている侍女達と違い、表情が読めずどこか冷たい印象を感じてしまったものだ。
(やっぱり私、余所者感が半端ない…信長様は慣れていらっしゃるから、もうすっかり雅な公達って感じだけど…)
チラリと隣で寛ぐ信長様を見る。
今日の信長様は漆黒の束帯をお召しになっていて、いつものことながら、うっとりするほど麗しい。
(お城にいらっしゃる時のちょっと着崩した着流し姿も素敵だけど、きっちりと正装された信長様も素敵だな。ほんと、何を着ても似合うんだからなぁ…)
信長様の雅な男振りに見惚れていると、部屋の外の廊下から衣擦れの音が聞こえてきて……
「失礼致します。九条家の姫君様がお越しでございます」
先触れの声が聞こえたかと思うと、障子がスッと開かれて……
「お久しぶりですわ、信長様、朱里様」
「えっ…綾姫様っ!?」
意外な人の訪れに驚いて、思わず、はっと息を飲む。
華やかな色合いの小袿を纏い、ゆったりと微笑むその人は、摂政、九条家の姫君である綾姫様だった。
綾姫様は信長様の側室候補として、つい先日まで大坂に滞在されていたことがあり、複雑な思いは色々あったけれど、今は信長様への想いは吹っ切れたそうで、私とも時折、文の遣り取りをして下さっていたのだった。
「綾姫様…どうして、ここに??」
「あら、ご存知なかったの?私も今日の出席者ですのよ」
「ええっ…そうなんですか?それは知らなかった、です…」
というか、よく考えたら私は今日の出席者のことを殆ど知らなかった。摂政、関白といった位の高い方々が出席されることは光秀さんから聞いていたけれど、女人方はどのような方が詠人に選ばれているのかについては、何故だか光秀さんは教えてくれなかったのだ。
(綾姫様とこんなところで再会するなんて、思ってもみなかったな…綾姫様が『曲水の宴』に出席されること、信長様はきっと、ご存知だったのよね…)