第100章 君に詠む
「朱里、戻ったぞ」
陽が沈み、夜の帳が下りる頃になってようやく、信長は宿所である妙覚寺へ戻った。
(予想外に時間が掛かったな。毎度のことながら、帝への挨拶だけで済まぬのは面倒なことだ。朱里は一人でどうしていただろう。退屈していたのではないだろうか…)
「……お帰りなさいませ、信長様。遅くまでお疲れ様でした」
寺の玄関先まで出迎えにきてくれた朱里は、笑顔ではあったが、どことなく元気がなかった。
一緒に部屋へと向かう間も、口数が少なく、自分から話そうとはせず、曖昧な相槌を打つばかりだった。
「どうした?何かあったのか?」
「えっ…いえ、別に何も…ないですよ」
「何もないわけなかろう…そんな沈んだ顔をしおって」
元気のない様子が心配ではあったが、冗談めかして指先でツンっと頬を突っついてやる。
「んっ…そんな顔、してないです」
「こら、目を逸らすな。俺が貴様の変化に気付かぬはずがなかろう。言え、何があった?」
「な、何も…ひゃっ…い、痛ぁ…何するんですか??」
信長に頬をムニっと摘まれ、朱里は抗議の声を上げる。
「素直に答えぬ貴様が悪い。俺に隠し事をすることは許さん」
いつの間にか部屋の前まで来ていたらしく、信長は朱里の腰を抱くようにして足早に室内へと入ると、ピシャリと襖を閉めてしまった。
「朱里…答えよ。何があった?」
今度は両手で優しく頬を包まれ、間近で見つめられる。
「っ……あっ…あの…」
「何が貴様をそんなに悩ませている?俺が居らぬ間に、何かあったのだろう?」
唇が触れそうなほどの距離で問われ、信長の甘い詰問の声が身体を震わせる。
「っ…やっ…離して…」
「素直に答えぬなら、無理矢理にでも口を割らせるが?」
「やっ…んんっ、ンッ…」
ーちゅっ…くちゅ、ちゅうぅ…
いきなり重なった唇に、強く吸い付かれる。
あっと思った瞬間、口内には熱い舌が強引に捩じ込まれていた。
「んんっ、っ、は…んっ…やぁ…」
腰を抱かれ、後ろ頭を押さえられて、激しく口内を蹂躙される。
文字通り『口を割らせる』ような強引な口付けに、思考が付いていかず、身体からも力が抜けてしまいそうだった。