第100章 君に詠む
翌日、信長様は上洛の挨拶のため、朝から内裏へ参内されていた。
「はぁ…退屈だな。持ってきた歌集も見飽きちゃったし…」
光秀さんが信長様のお供をしているため、私は一人、お寺で留守番だったのだが、昼過ぎには早くも暇を持て余し始めていたのだった。
「失礼致します、奥方様」
「あ、は、はい、どうぞ…」
退屈し過ぎてグダグダしかけていたところに声が掛かり、慌てて居住まいを正す。
部屋の入り口には、お寺の方が文箱を携えて立っていた。
「信長様宛てに文が届いておりましたのでお持ちしました」
「ありがとうございます!わっ、すごい数ですね…」
「これは先程届いた分だけです。昨日からの分も合わせると…大層な数になりますね」
「あの…毎回こんなに…?」
「そうですね。文も多いですが、ご面会のお客人も数多お越しになりますね」
「そうなんですか……」
大量の文を受け取りながら、改めて信長様のお忙しさを実感する。
(今日のお戻りはきっと夕方だろう。お帰りになってから、これら全てに目を通されるのかしら。明日は『曲水の宴』があるし…これでは休む間もないわ…)
何か私にお手伝いできることがあれば…とは思うが、文を整理するにしても勝手に開くわけにもいかない。
こんな時、秀吉さんがいてくれれば上手く差配してくれるのにと思うが仕方がない。
大量の文の山に途方に暮れ、溜め息を吐いたその時……文箱から溢れた文の山がいきなり崩れてしまった。
「わ、わっ…わぁ…」
焦っているうちに辺り一面に広がってしまった文に呆然となりながらも、拾おうと身を屈める。
「あーぁ…やっちゃったぁ…これ、順番とかなかったよね??……ん?あれ…?」
拾い上げた文の裏書きを偶然見てしまった私の手が止まる。
「えっ…これって…女の人の名前…え、こっちも?やだ、こっちの文も…?」
落ちた文を次々に拾い上げて見てみるも、あれもこれも差出人が全て女人からの文だった。
(これ…、ほとんどが恋文だ。こんなにたくさん…差出人は公家の姫君達みたいだけど…)
恋文だと分かると、手にしているのが何だかひどく後ろめたくなってしまう。別に中を覗き見したわけでもないのに、おかしなことだが…。
「ど、どうしよう、これ……」