第100章 君に詠む
金細工の簪が、信長様の手で私の髪に飾られる。
「あぁ…やはりよく似合うな」
簪が夕陽を受けてキラキラと光り輝く様に、信長は目を細める。
いつの間にか陽が傾き始めていたようだ。
西の空へと向かう太陽は、空を茜色に染め始めていた。
漆黒の夜のような艶やかな朱里の髪に、日輪の光のような金の簪がよく映えて、朱里の美しさが際立っていた。
簪を差した手で、朱里の髪をそっと撫でる。
絹糸のような滑らかな手触りに、触れているだけで満ち足りた穏やかな心地になるようだった。
「ん…信長様…?」
「朱里、綺麗だ」
「っ……」
ぽっと頬を赤らめて俯いてしまった朱里が愛おしくて堪らず、その頬を両手で包み、鼻先が触れ合う距離で見つめる。
(くっ…このまま口付けてしまいたい。京の町の者が見ていようと構わん)
『天下人の寵妃』『天女の如く美しき姫』と京の町人の間で大層な噂になってしまった朱里を人目に晒すことは、信長にも躊躇いがあった。今回、共に上洛することにも、らしくもなく最後まで迷いがあった。
できるなら、城の奥に隠して誰にも見せたくないとさえ思う……愚かしいほどに。
だが…それでもこうして町歩きを楽しむ姿を見れば、連れて来てよかったとも思えるのだ。
「っ…信長様っ…あの、近いです、よ…」
茜色の空のような深紅の瞳に間近で見つめられて、騒ぐ鼓動が抑えられない。
「ん…俺としてはもっと近づきたいぐらいだが?」
「ええっ…や、ダメですよ…こんな外で…」
(ん?あれ?こんなやり取り、さっきもしたような…)
ググッと近付く信長様の身体を押し返しつつ、先程の小姓達の前でのやり取りを思い出していた。
(今日の信長様は、いつにも増して強引な気がするな…)
信長の積極的な触れ合いに、騒ぐ鼓動と戸惑いを感じていると…信長は予想外にも、さっと身体を離す。
「………じきに日が暮れるな。そろそろ寺に戻るか…このような外では思うように貴様に触れられんしな」
「うっ…お寺の中でもお手柔らかにお願いします…」
「んー?聞こえんなぁ」
信長様はくくっ…と愉しげに笑いながら、私の手を引く。
夕暮れの中を二人、手を繋いで寺への帰り道を歩き始めた。