第100章 君に詠む
ぶらぶらと京の町歩きを楽しみながら、私達は他愛ない話をする。
結華や吉法師…子供達の話や、家臣や侍女達の話、大坂から京へ向かう道すがらに見た景色の話など、二人で思い付くままに話しながら、目的地を決めぬまま、ゆっくり歩く。
様々なお店の店先を覗きながら、時に手に取ってじっくり見たりして…大坂城下と違って京では町の人から声をかけられることはなく、お忍びでの散策を楽しんでいた。
「わぁ…この簪、素敵…細工が細やかで見事ですね」
小間物屋の店先を覗いていた朱里は、飾られた一本の簪を手に取って感嘆の声を上げる。
「ああ、丁寧に作られた品だな。京の職人は腕の良い者が多い。
気に入ったのなら、買ってやろう」
そう言うと早速に店主を呼ぼうとする信長に、朱里は慌ててしまう。袖を引き、慌てて制止する。
「やだ、信長様…いいですよ、そんな…良い物だからお値段も張るし…私は見るだけで十分ですから」
「はっ…値段など気にするな。この美しい細工は貴様の美しい黒髪にさぞ映えることだろう。その姿を俺が見たいのだから、貴様が遠慮する必要はない」
「っ…でも……」
「腕の良い職人が丹精込めて作った手の込んだ品がそれなりに値が張るのは当然のことだ。朱里、貴様は贅沢を好まぬ女だが、高価な物を買うことは必ずしも悪ではない。富を有する者が、高い技術を有する職人の品に見合う金子を払うことで、その職人の懐が潤い、更に高度な技術を磨く一助となる。
そうして商いは回り、民が、ひいては国が豊かになっていくのだ。
日ノ本の職人達の高い技術を庇護し、次の世に繋いでいくことは俺が為すべきことでもある。
俺は無駄は嫌いだが、守るべき価値のあるものには金子は惜しまん」
「信長様……」
繋いだ手に、ぎゅっと力を込める。
信長様はどこまでも先を見据えておられる。
この国の行く末を、誰よりも案じ、豊かな未来を誰よりも望んでいる。
数多の戦で刀を振り、おびただしい血に染まったであろうこの手は、それでも今、こうして温かい。
この温かな手で、信長様は己の守るべきものを守っていかれるのだろう。
私は、この手が再び冷たく凍ってしまわぬように、お傍にいよう。
「ふっ…だから、貴様は黙ってこれを俺に贈らせろ。美しく装った貴様を見ることは、俺にとって十分に価値があることだ」
「ふふ…ありがとうございます、信長様」