第100章 君に詠む
「光秀、あまり朱里を苛めるなよ。ここまで来てジタバタしても仕方あるまい」
「信長様っ!」
振り向くと、小姓たちを引き連れて廊下を歩いてくる信長様の姿が目に入る。
「住職様とのお話は、もう終わられたのですか?」
「ああ、近頃の京の様子などを聞いていた。朱里、疲れてはおらぬか?」
「はい、大丈夫です」
「ならば少し京の町を歩くか?この季節、陽も長くなってきたゆえ、まだ暗くなるには早かろう。疲れておらぬなら、散歩がてら外に出てみるのも良い」
「わぁ!いいんですか?是非、行ってみたいです!」
「くくっ…随分と元気がいいな」
「あ…私ったら…はしゃいでしまって…信長様、お忙しいのではないですか?明日の参内の準備とか、色々おありなのでは…?」
(いけないわ…此度は私、物見遊山気分じゃなくてしっかりしようって思ってたのに。信長様のお仕事のお邪魔にならないようにしないと…)
「構わん。明日の準備なら、光秀、貴様が抜かりなくやるのだろう?俺が居らずとも支障はないな?」
威圧感たっぷりに言う信長に対して、光秀は恭しく頭を下げる。
「仰せのままに…御館様」
「いいの?光秀さん?」
「御館様の仰せだからな。はしゃぎ過ぎて迷子になるなよ?」
「うっ…子供じゃないんだから…迷子になんてならないですよ!」
くくくっ…と意地悪そうに笑いながら、光秀さんは去っていく。
宿所の警備や朝廷との交渉、信長様へ面会を求める公家衆への対応など、着いて早々に様々な用事で光秀さんは忙しそうだ。
(今回は秀吉さんが同行していなくて、一人であれもこれもやらないといけないから、光秀さん、忙しそうだな。信長様の身の回りのことぐらいは私がしっかりやらないと!)
去っていく光秀さんの背中を見ながら、グッと気合を入れ直す。
「………どうした?険しい顔をして。貴様は本当にコロコロと表情を変えるな。見ていて飽きん」
ふっ…と可笑しそうに笑った信長様は、私の方へ手を伸ばして、手の甲で頬をすりりと優しく撫でる。
「んっ…あっ……」
指先が唇の端を優しくそおっと撫でていくと、淡い刺激に自然と吐息が溢れてしまう。
しっかりしようと気合を入れ直して早々に、私はこのまま甘えてしまいたい衝動に駆られ始めていた。