第100章 君に詠む
普段なら絶対に言わないであろう、行為を強請る朱里の甘えた言葉に、信長の胸の内は驚きとともに激しく打ち騒ぐ。
(どうしたというのだ…自分から強請るなど、朱里にしては珍しいこともあるものだ。昼間、和歌を詠むなど慣れぬことをして光秀に叱られ続けたために、気弱にでもなっているのか…)
胸元にスリスリと擦り寄ってくる朱里は、子猫のように頼りなげで愛らしい。
「……信長様?」
チラリと上目遣いで見上げる瞳は不安げに揺れていて、何か言いたそうに微かに開きかけた唇は、何の音も発さぬまま静かに閉じられた。
その様子が、信長の庇護欲をひどく擽り、思わず抱き締めて、その額に口付けを落としていた。
ーちゅっ…ちゅうっ…
「んっ……」
チュッとわざと音を立てて唇を離すと、名残惜しげな目で見上げられる。
信長の胸元に頬を擦り寄せては物言いたげに見つめ、夜着の上から身体に触れてくる。
信長の欲を煽るような艶っぽい触れ方も、いつもと違って大胆だった。
今宵は相当参っているのか、随分と甘えてくる。
甘やかしてやりたい。
ぐずぐずに蕩けるまで愛してやりたい。
だが……
「朱里…今宵はもう休め。慣れぬことをして疲れたであろう?和歌の修練は明日以降もある。俺とて貴様を愛でたいが…今、貴様を抱けば明日に響くほど疲れさせてしまう」
「っ……」
ほんのりと頬を桜色に染め、恥ずかしそうに唇を噛む朱里の姿に、ぐっと欲を煽られて抱き締める腕に力が篭る。
「す、すみません…私ったら…はしたないことを…」
(シて欲しい…なんて、大胆なこと言っちゃった…)
光秀さんの指南が格別厳しかったわけではない。
口では色々と貶されたが、基礎からちゃんと教えてくれた。
詠んだ歌には容赦なくダメ出しされたが、今日一日で歌詠みにも随分慣れたと思う。
それでも…慣れないことをした気疲れは相当なものだった。
何度やっても上手くできない自分に嫌気がさし、気持ちが落ち込んでいた。
だから…落ち込んだこの気持ちを癒されたくて、信長様に甘えてしまったのだ。
「恥ずかしい…忘れて下さい、信長様…」
「いや、覚えておく。京でのことが首尾よくいったら、貴様には褒美をやろう。嫌と言うまでたっぷりと可愛がってやる」
「やだっ、もぅ…」
ニヤリと愉しそうに笑う信長様を見て、落ち込んでいた気持ちも少し軽くなったような気がした。