第100章 君に詠む
「今のは初めてだったんだから仕方ないじゃないですか…」
情けない顔で泣きごとを言う私にも、光秀さんはどこ吹く風といった調子で私の書いた短冊に手を伸ばす。
「どれどれ…あれだけ小さな頭を悩ませて出来上がった歌だ。さぞ素晴らしい歌なんだろうな?」
(うぅ……)
「…………朱里、お前…基本は分かってる、と言わなかったか?」
「えっ…何かおかしかったですか??」
「お前な…この歌、枕詞が合ってないぞ。枕詞は数多くあるが、ある程度は覚えているのだろうな?」
「ええっ…ええっと…それは、その……」
覚えているわけがない。普段、和歌なんて詠まないんだから。
そう心の中で反論するも、光秀さんに面と向かってそんなこと言えるわけもなく……
「はぁ…これは一から鍛え直さねばならないようだ。上洛まで僅かな日にちしか残されていない。手加減なしでいくぞ」
「ええーっ…そんなぁ……」
その日の夜
「今日は光秀にだいぶ絞られたようだな」
寝付いたばかりの吉法師をそおっと寝台の上に寝かせて、ホッと安堵の息を吐いた私の背に、信長様の声が掛かる。
肘を枕に寝台に身を横たえた信長様は、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて私を見ていた。
「もぅ…聞いて下さい、信長様!光秀さんったら全然休ませてくれないんです!『ひたすら実践あるのみだ』とか言って、今日だけでいくつ和歌を詠まされたか分かりません……それも一つも合格貰えなくて…もう、ヤダぁ…」
たくさん詠み過ぎて、終いには何が何だか分からなくなってしまい、ちっとも頭に入ってこなかった。
おまけに『明日までに読んでおけ』と渡された山のような量の歌集には、気の遠くなる思いがする。
「はあぁ……」
「くくっ…随分と疲れているようだな」
盛大な溜め息を吐く私を、信長様は可笑しそうに見ながらも、労いの言葉をかけてくれる。
「んっ…信長様っ…」
今日は何だか無性に信長様に甘えたくて、ゆったりと寝台に横たわる身体に、そっと擦り寄った。
「っ…朱里?」
「今日はとっても疲れました。頭を使い過ぎて、もう何も考えたくないぐらいです。だから……今宵はもう何も考えないでいいように…シて欲しい…です」