第100章 君に詠む
「さて…では始めるとするか」
「……へ?」
「おや、聞いてなかったのか?俺の大事なお役目は、素人同然らしいお前を人並みの和歌が詠めるように仕上げることだ。
時が惜しい…さっさと始めるぞ」
「……えっ?ええっ…私に最適な指南役って、光秀さんのことだったんですか??嘘ぉ…」
(光秀さんに和歌を教えてもらうなんて、もう不安しかない…)
確かに光秀さんなら和歌の指南役に最適だろう。
諜報活動には様々な知識が必要だし、朝廷との交渉事を担うことの多い光秀さんは公家衆との付き合いも深い。
歌合せや連歌会に招かれることも多いのだろう。
けれど、あの光秀さんだ…普通にちゃんと教えてくれる気がしない。
「安心しろ。お前の小さな頭でも分かるように懇切丁寧に、ちゃんと教えてやるからな」
(う…もう読まれてる。顔に出てた、私?)
「うぅ…お手柔らかにお願いします」
「では、まず先に聞いておくが…朱里、お前、和歌の基本的な作り方ぐらいは知っているのだろうな?」
「馬鹿にしないで下さい。それぐらい知ってますよ。和歌の基本はええっと…「 掛詞」「枕詞」「縁語」「序詞」…でしたっけ?」
歌詠みは苦手だけど、やったことがないわけではないのだ。
武家の姫として、これでも和歌の嗜みはあることはある。
人並みに知識はあるが、いかんせん経験値が低いために上手く詠める自信がないだけなのだ。
「では、そうだな…あの庭の梅の木で一句、詠んで貰おうか」
「えっ!?いきなり、もう?」
「当たり前だ。曲水の宴では、お題は当日その場で知らされるのだからな。和歌の基本が分かってるのなら、あとはひたすら実践あるのみだ」
「うぅ…」
(いきなり言われても心の準備が…和歌なんて何年振りに詠むんだろう。うぅ…ちっとも思い付かないんだけど…)
ウンウンと唸りながら、頭を捻り梅の木をじっと睨んでみても、これといった一句が浮かんでこない。
ああでもない、こうでもない、と頭の中で言葉を捏ねくり回しながら……ようやくできた一句を、恐る恐る短冊に認めた。
「………できました、光秀さん」
「お前…今のは確実に間に合ってないぞ。分かってるのか?盃が自分の前を流れ過ぎたら失格だぞ?」
呆れ顔でくくっ…と笑う光秀さんに返す言葉もない。
確かにかなり熟考してしまったが、今の私にはこれが精一杯だったのだ。