第100章 君に詠む
「はあぁ…もう、どうしよう…」
翌日、私は朝から溜め息ばかり吐いていた。
「姫様、いつまでも溜め息ばかり吐いておられても仕方がございませんよ!信長様が一度口にしたことを覆されない御方だということは、姫様が一番ご存知でございましょう?」
「うぅ…千代、そうなんだけど…」
千代は今朝になって突然、私が上洛に同行する旨を告げられて、その準備に大わらわだった。
「全く…信長様ももっと早くに仰って下さればよいものを…こんな直前になって仰るから…女子にはそれ相応の支度が必要だというのに、困ってしまいますわ!」
不満げにブツブツと文句を言いながらも、衣装や小物類を選ぶ千代の手は少しも止まらない。
口では不満を溢しながらも急な話にもすぐに対応できる千代はさすがに頼りになる。
それに比べて私はといえば、昨夜受けた衝撃からなかなか立ち直ることができず、起き抜けにどんよりと沈んだ顔を信長様に見られて呆れられる始末だった。
「はあぁ……」
「これはこれは…盛大な溜め息だな。魂が抜けたのではないか?」
「っ…光秀さんっ!?」
足音も立てずに部屋の入り口に姿を見せたのは、光秀さんだった。
大きな溜め息を吐いた私を見て、苦笑いを浮かべている。
(しまった…光秀さんに恥ずかしいとこ見られちゃった…)
気まずさを誤魔化そうと慌てて居住まいを正し、部屋の中へと入ってくる光秀さんに向かい合う。
「光秀さん、どうしたんですか?珍しいですね」
光秀さんがお城にいるのも珍しいし、私の部屋へ来るのも、これまた珍しいことだった。
光秀さんは此度の上洛で信長様の供を任されていて、上洛の準備や朝廷との交渉事にあたっているはずだった。
(今、一番忙しいはずの光秀さんが、どうしたんだろう?)
「なに、御館様から新たなお役目を仰せつかったのでな」
「えっ…光秀さん、ただでさえ忙しいのに…また新たなお役目ですか??」
「ああ、大事な大事なお役目だ」
意味深な目でチラリと私を見る光秀さん。
(ん?何だろう?っていうか、大事なお役目があるのに、私の部屋になんて来てていいのかな…?)
「あのぅ…光秀さん…?」