第19章 金平糖を奪還せよ
その日の夜
俺は天主で大量の報告書に一つ一つ目を通していた。
(昼間、朱里と金平糖探しをしていたせいで、政務が溜まってしまったな。
今晩中に片付けておかねば……)
「…御館様、まだ起きてらっしゃいますか?」
書類に筆を入れていると、唐突に襖の外から遠慮がちな声がする。
(…この声は…秀吉か)
「入れ」
「はっ、失礼致します…っと、このような時間までご政務ですか?」
秀吉は何か言いたげな含みのある言い方で言いながら、溜まった書類の山をチラリと見上げる。
「…貴様こそ、このような遅い時間に何用だ?」
「…ここ数日、朱里と一緒に城内を何やら探索なさっておられるご様子。城主がむやみにウロウロなさるのは如何なものかと。織田家の御当主として、家臣達に示しがつきませぬ。
ご自重下さるようお願いに参りました」
(ふっ、流石は秀吉だな。気付いておったか)
「俺の城で俺が何をしようと勝手であろう?」
「そうは参りませんっ。城主としての威厳に関わります!」
秀吉は真っ直ぐに俺を見据えて意見してくる。
(くっ、ここまで一貫して生真面目な態度で挑んでこられると、むしろ小気味良いな)
「…分かった、分かった。今後は気を付ける。それでよいか?」
「はっ、恐れ入ります」
「……ふっ、貴様の叱言を聞いていると、平手の爺を思い出すな」
久しぶりに、懐かしくも苦い遠い昔の記憶が蘇る。
「平手様…というと、御館様の傅役であられた平手政秀様ですか。
私は直接お目にかかることはなかったですが…」
「行儀が悪い、当主としての自覚を持て、と耳が痛くなるほど叱言を言われたものだ。
だが…爺は、身内も含めて周り全て敵だらけだった俺の唯一の味方だった。
俺の真意が伝わらず、自ら命を絶ってしまったが、な…」
その日の情景が昨日の事のように鮮明に思い浮かび、口の中に苦味が走る。
(後悔などせぬ、大望のため前だけ向いて進む、とあの日、爺の亡骸に誓ったのだ)