第99章 新たな出逢い
「二人とも、落ち着け。美女の前で大人げないぞ」
「煩い、信玄、貴様は黙ってろ。そもそも、貴様が俺の意に反して朱里を連れ出したのが悪い。貴様ら、朱里をどうするつもりだ?」
「ふっ…朱里を連れ出すよう信玄に頼んだのは俺だ。お前がそれほどに女に執着する男だったとはな。見損なったぞ、信長」
「何だとっ!」
「どうどう…謙信様。挑発しないで下さい。信長公も…ここは抑えて下さい」
茶屋の店先で抜刀する一触即発の二人の間に入ったのは、こんな場でも表情の変わらない佐助くんだった。
「佐助、退け。斬られたいのか?」
「貴様…その気配は…城へ入り込んだ忍びだな」
信長様と謙信様、双方から刀を向けられても佐助くんは全く動じる様子はない。
寧ろ、指先で眼鏡の縁を直してみせる余裕っぷりだった。
「俺の城へ堂々と忍び入るとは、なかなかの手練れだな。謙信の忍びだったとはな。朱里を拐うつもりだったのか?」
「すみません。俺たちはただ、友人として朱里さんとゆっくり話がしたかっただけなんです。朱里さんを傷付けるつもりは断じてありません。謀るような真似をして、申し訳ありませんでした」
ギラリと鈍い光を放つ刃を前に、佐助くんは信長様に向かってペコリと頭を下げた。
「友人……だと?」
佐助の言った言葉に反応して、信長の刀の切っ先が僅かに揺れる。
「信長様っ…謙信様は私を助けてくれた恩人なのです。謙信様も佐助くんも、信玄様も幸村も…みんな、大切な人なの。だからっ…」
「っ…くっ…もう、よい。謙信、勝負はひとまず預けることにする。っ…帰るぞ、朱里っ!」
「えっ…あっ…」
流れるように優雅な動作で刀を鞘へ収めると、信長様は私の腕を勢いよく引いた。
体勢を崩し転びそうになる私をふわりと抱き止め、そのまま縦抱きに抱え上げると、謙信様たちを無視して歩き出した。
(う、嘘っ…この格好でお城まで…?)
「やっ…待って、信長様…下ろして…」
「煩いっ!俺をこれ以上怒らせたくなければ、口を閉じておけ」
「うっ……」
全身から怒りと不機嫌さが溢れ出ている信長様の様子に、それ以上何も言えなかった。
肩に担がれたままでは、信長様の顔も見えず、その表情も窺い知れぬままで……私達は互いに無言で城へと戻ったのだった。