第99章 新たな出逢い
謙信様の手が刀の柄にかかるのがチラリと見えて、私は慌てて話を遮った。
「謙信様、知らぬこととはいえ、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。この上は是非、城へお越し下さいませ」
「いや、俺に構うな。信長には会わん。彼奴が俺と一勝負すると言うのなら別だが…」
「うっ…それは…」
「謙信、朱里を困らせるなよ。まぁ、いいじゃないか。今はこのひと時を楽しもう。天女を囲む会をね」
信玄様は屈託なく微笑むと、運ばれてきた卓いっぱいの甘味を取り分けてくれる。
「………甘いものは好かん。全く…よくも、こんなに注文したものだな。俺は酒が飲みたい」
「謙信様、梅昆布茶はいかがですか?梅干し、お好きだって、この前仰ってましたよね?」
「………貰おう」
わいわいと言い合いながら、甘いものを食べて…友人達と過ごすような楽しい時間だった。
信長様の妻になる前、まだ安土に来たばかりの頃は初めてできた女友達と城下でお茶をしたり、時間を忘れて他愛ない話に花を咲かせたりしていたものだった。
友人達も皆、嫁いでいき、互いに昔のように気軽に出掛けられる立場でなくなってからは、こうした機会はいつしかなくなっていた。
互いに、夫や子供、家のことなど、守るべき大事な存在ができて、日々を穏やかに過ごせていることに安堵しつつも、文をやり取りするぐらいで、友人達と再び会うことは叶わないでいた。
それでも、時の移ろいとともに自らを取り巻く環境が変わっていくことは致し方がないことであり、信長様の妻という立場になった自分を不自由だと思ったことなど、一度もなかった。
久しく忘れていた楽しい時間
信長様と二人きりで過ごす時間は、もちろん楽しくてかけがえのないもので…そこに不満など微塵もなかったのだけれど……
信長様以外の人と過ごす時間、新しくできた『友人』と呼べるかもしれない人たちと過ごす時間…その居心地の良さに身を委ねてしまうことに、私は嬉しさとともに、戸惑いを隠せないでいた。
(信長様はどう思われるだろう。やましいことなど何一つないけれど、信長様に黙って、私がこんな風に過ごしていることをお知りになったら…お怒りになられるだろうか…)