第99章 新たな出逢い
「あの…信長様?」
「何だ?」
「ええっと…今日はまだお仕事なさいますか?もうすぐ夕餉の刻限ですけど…」
「ん…夕餉はここに運ばせよ。結華も呼べ」
「は、はぁ…」
書簡に筆を入れながらも明確に答える信長に対して、朱里は戸惑ったような返事になってしまう。
ここ数日ずっとこんな感じのやり取りをしている。
ある日突然、信長が政務をいつもの執務室ではなく、報告書の類いを全て奥御殿の朱里の部屋へ運ばせてそこで行うようになったのだ。
いちいち本丸御殿と奥御殿とを行き来しなければならなくなった秀吉などは、信長の意図が分からず困り顔をしていたし、朱里に仕える侍女達は朝から晩まで信長が奥にいることで、その顔色を窺っては常に緊張を強いられているようだった。
朱里もまた、この状況には困惑していた。
(信長様と一日中一緒にいられるのは嬉しいけど…これはさすがにおかしいよね??)
どうも私を自分の目の届く範囲に置いておきたい気持ちがあるようなのだが……
突然、人目にも束縛が激しくなった信長に戸惑いを隠せない。
それとなく理由を聞いてみても、『たまには場所を変えるのもいいだろう。気分転換だ』と言われてしまって埒が開かないのだ。
気分転換どころか、こちらとしては落ち着かないのだが……
家臣達の目も気になる。
城主が昼日中から奥御殿の妻のところに入り浸り、などというのは聞こえがよくないだろう。
まさかこんなところで信長様が政務をなさっているとは、誰も思わないだろうし……
(はぁ…困ったな…)
「…おい、どこへ行く?」
徐ろに立ち上がって入り口に向かいかけた私を、信長様は手にしていた書簡から視線を外すことなく呼び止める。
「えっ…いや、あの……」
「一人で出歩くのは禁止だと言っただろう?勝手にどこに行くつもりだ?」
「や、あ……か、厠ですっ!すぐ戻りますから…」
「……………では、俺も…」
「ええっ…だ、駄目です!ついて来ないでっ!」
「………………」
不満げな表情を浮かべる信長様を半ば無視して、それ以上引き止められては困るとばかりに、プイッと背を向けて急いで部屋を出た。
(もぅ…何なのよ。どうしちゃったんだろう、信長様……)