第99章 新たな出逢い
(佐助くん、いなくなってる!いつの間に……)
信長様に気付かれないようにチラッと上を見上げると、天井の戸板の境目に微かに隙間が見えた。
「おい、何してる?来ないのなら、こちらから行くぞ」
「えっ…あっ…きゃっ…」
さっさと室内に入ってきた信長様は、両手を広げて立ち尽くしたままの私をぎゅうっと抱き締めた。
「や、あの…信長様っ…ちょっと…」
「くくっ…可愛いな、貴様は。淋しかったのなら、そう言えばいいものを…」
(何か大きく誤解されてる気がする……でも、上手く気配を消してくれたおかげで信長様には気付かれなかったみたい)
信長の腕の中で、朱里は小さく安堵の息を吐く。
そんな朱里の様子には気付かぬふりをして、優しい手付きで頭を撫で、愛おしげに声をかけながら、信長の意識は別のところにあった。
他愛ない話をして、揃って吉法師の寝顔を見たりしながら、束の間の二人だけの時間を過ごした後、信長は朱里の部屋を出た。
「光秀」
迷いのない足取りで廊下を進み、奥御殿を出たところで信長は徐に低く呼びかける。
歩みを止めぬまま呼び掛けた声に、すぅーっと影のように現れたのは、光秀だった。
「………はっ、これに」
「鼠が一匹入り込んだようだ。城の警備を強化しろ…特に、奥の警備をな」
「これはこれは…魔王の城へ忍び込むなど、大胆な鼠ですな。捕らえますか?」
「無駄だ。とうに姿をくらませておるわ。俺の気配を感じて迷うことなく姿を消した。なかなかに逃げ足の早い男だ。さて、どこの手の者か……」
朱里の部屋に入った時、一瞬だけ感じた気配。
一瞬で己を消してみせた、隙のない忍びの者特有の気配だった。
だが、おかしなことに殺気は一切感じなかった。
朱里の様子も気になっていた。
信長が襖を開けた瞬間、朱里は明らかに動揺した様子で、しきりに何かを隠そうとしているように見えたのだ。
(朱里が忍びの者と密会を…?ありえん。あやつに接触してくる忍びなど……北条家の風魔一族か?いや、北条に仕える忍びとはいえ、朱里が俺に嫁してから今日まで、あちらから接触してきたことなどなかったはずだ。朱里は北条の義母上が亡くなってからは、実家との文のやり取りも形式的なものになっているようだ。今現在、北条家が揉めているという報告もない。となると、どこの者が何の目的で……)