第99章 新たな出逢い
翌日、私は結局、再び茶屋には行かなかった。
きちんと約束をしたわけではない。
親しくなったが、素性も知らない人達に自分から会いには行けない。
そもそも、信長様のお許しがなければ、私は一人では城を出られない。信長様に事情を説明するわけにはいかないから、外出など無理に決まっている。
心の中でそう言い訳をしながら、後ろめたい気持ちを誤魔化そうとした。
(少し待って来なければ、きっと諦めて下さるだろう。それに、あれぐらいのことでお礼なんて…逆に申し訳ないわ)
楽しい時間だった、もう一度話をしてみたい、という名残惜しい気持ちはあった。
けれど、それと同時に信長様に真実を伝えていない後ろめたさのようなものもあって…私の心は迷い揺れていた。
その日は一日、晴れぬ心を持て余し、もう二度と会うことはないであろう『新しき出逢い』に想いを馳せたのだった。
===================
「謙信様、やっぱり来ないですね、彼女」
茶屋の店先に、主従で仲良く腰掛けながら佐助は通りの向こうを遠い目で見つめる。
何度か茶のおかわりを注文しながら待っているが、朱里は姿を見せない。
いつもなら酒が飲めないことに不満を溢す謙信が、今日は珍しく黙って茶を飲んでいるという珍しい状況に、佐助は心の内で驚きの声を漏らしていた。
(謙信様が文句も言わず、酒も所望せず、黙って人を待ってるなんて珍しいこともあるもんだ。よほど朱里さんのことが気になってるんだな。まぁ、俺もだけど)
もう何杯目か分からない茶のおかわりを頼もうと店の奥に声をかけると、人の良さそうな店主はすぐにやってきた。
「はい。お茶、おかわりですね。ありがとうございます。あのぅ…どなたか、人をお待ちなのですか?」
「え……あ、まぁ……」
「もしかして……朱里様をお待ちなのですか?そちらのお武家様は昨日、朱里様と一緒に私を助けて下さった御方ですね。昨日は本当にありがとうございました。あの…でも…朱里様は今日はお越しにならないと思いますよ?」
「えっ…それはどうしてですか?ご主人」
「あれ、ご存知ないのですか?朱里様は、ここ大坂城主、織田信長様の御正室ですよ。信長様が大層ご寵愛の御方で、信長様とご一緒でなければ城下へはお越しになりません。
美しくお優しい天女のような御方で…町の者は皆、お会いするのが楽しみなのです!」