第99章 新たな出逢い
往来の真ん中で、私をきつく抱き締めた信長様は、やはり怒っているのだろうか、ひと言も発することなく無言のままで抱き締める腕の力を緩めてはくれなかった。
「んっ…信長さまっ…苦し…離して…」
「くっ…貴様っ、俺がどれだけ心配したと思ってる?俺との約束を守れぬほどのわけがあったのなら言うてみよ」
「そ、それは……」
言えない。
危ないところを助けてもらったとはいえ、素性も分からぬ男性に易々とついて行き、簡単に親しくなって城下を案内していたなんて…警戒心がなさ過ぎると言われるに違いない。
「言えぬのか?」
僅かに身体を離しながら私を見下ろす信長様の目は、冷ややかな色を含んでいて、どことなく後ろめたい気持ちがある私はひどく落ち着かなかった。
(どうしよう…本当のことを話すべきだろうか。でも…変に誤解されても困るし、心配かけたくないし…)
「っ…あ…あのっ…お、お酒を、その…買いに…」
「……酒、だと?」
朱里の口から出た思わぬ言葉に、信長は虚を突かれたように目を見張る。
「美味しいお酒を買いたくて…近くのお店だから、一人でも危なくないだろう、って。すぐ戻るつもりだったんです。心配かけて、ごめんなさい…」
「酒とは…俺に、か?」
「は、はい…重いからお城に届けてもらうようにお願いしました。信長様、今日は久しぶりのお休みだし、今宵は美味しいお酒でも飲んで、ゆっくり寛いでもらいたくて…」
嘘、ではない。
先程の酒屋さんで、私もお酒を買っていた。
信長様に美味しいお酒を飲んでほしくて、いくつか見繕って、後でお城へ届けてもらえるようお願いしてきたのだ。
嘘は言っていない…でも………
「っ…理由は分かった。だが、一人で動くな。貴様の身に何かあったら俺は……貴様を残して城へ戻ったこと、悔やんでも悔やみきれぬ。この俺に後悔などさせてくれるな」
「っ…ごめんなさい」
(ごめんなさい、信長様。勝手なことをして心配かけて……嘘を、吐いてしまって……)
信長にこれ以上余計な心配をかけさせまいと吐いたこの小さな嘘が、思いも寄らない大きな波を引き起こすことになろうとは……朱里はこの時まだ、想像もしていなかった。