第99章 新たな出逢い
「………行っちゃいましたね、謙信様」
足早に去って行く朱里の背中を見送りながら、佐助は、『二色の瞳の男』…越後の龍と呼ばれる主(あるじ)、上杉謙信に話しかける。
「……ああ。織田家中の娘、と名乗っていたが…着ている物は高価な衣。商人達の態度も丁重だった。朱里…あの女、何者だ…?」
「………気になりますか?珍しいですね、謙信様が女性に興味を持つなんて」
「おかしな言い方をするな、佐助。か弱い女の身で牢人から町の者を庇おうとするとは、なかなか見上げた女だと思ったまでだ。あの者のおかげで上質な酒も手に入ったことだしな」
「小田原生まれの織田家ゆかりの姫か…美人で気が利いて、話しやすい人だったな。信玄様が一緒だったら、速攻で口説いてたでしょうね」
「信玄の奴は、美女と甘味には見境がないからな。甲斐へ大坂の名物の菓子でも送っておいてやれ」
「了解です」
謙信の表情がいつになく穏やかなものになっているのを意外な気持ちで見つめながら、佐助は朱里と交わした楽しい会話を思い返していた。
(楽しくてちょっとゆっくりし過ぎちゃったな…)
予想外に時間が経ってしまい、茶屋へ戻るのが遅くなった私は内心慌てていた。
着物の裾を乱しつつも、足早に茶屋へ向かう。
信長様がもう戻っておられたらどうしよう。
動かずに茶屋で待っているようにと言われたのに、約束を破ってしまった。
茶屋で牢人たちに襲われそうになったことを信長様がお知りになったら……お怒りになるかもしれない。
「っ…朱里っ…!」
「っ、あっ……」
ようやく見えた茶屋の店先に信長の姿を見て、私は全身からさぁーっと血の気が引く思いだった。
「朱里っ!」
(っ……怒られるっ…)
「くっ…貴様っ、どこに行っていた?俺は、待っていろと言っただろうがっ…」
「ご、ごめんなさっ…あっ…んっ…」
私が茶屋に辿り着く前に、信長様は私の方へ走り寄ると強引に腕を引いて、私の身体を抱き寄せた。
逞しい腕の中へ閉じ込めて、痛いぐらいに抱き締める。
有無を言わせぬ激しい抱擁に、頭の中が混乱してクラクラと眩暈がするようだった。
「っ…やっ…信長さまっ…ここ、お店の前で…す、んっ、待って…」