第98章 翠緑の恋情
「うわぁ……」
桐箱の中には、艶やかな絹の帛紗に包まれた玉簪が入っていた。
深い翠色の石は翡翠であろうか、とろりとした油を垂らしたような艶めかしい色合いは見るからに高価そうだ。
その滑らかな質感と目を見張るような透明度の高い深い翠は、気高く優雅で美しい。
大きなひとつ玉の翡翠の他にも、小さめの翡翠を数個繋げた揺れる飾りが付いている。
凝った意匠は腕のある職人の手によるものなのだろう…今までに見たことがないぐらいに美しい簪だった。
「っ…綺麗っ…なんて深い色…」
触れるのも憚られるぐらいに神秘的な、その深い翠の玉から目が離せなくなる。
「……気に入ったか?」
「っ…えっ…?あ…信長様…」
眠っているとばかり思っていた信長が、突然くるりと振り向いた。
肘を枕にして横になったままで私を見上げる目は、子供みたいに悪戯っぽい目だった。
「えっ…あ…えっと、あの…これは…?」
桐箱の中の簪と信長様の顔を見比べて戸惑う私に、信長様は得意げに言う。
「貴様の誕生日祝いの品だ」
「えっ!ええっ…祝いの品って…私の誕生日、忘れておられたんじゃなかったんですか??」
「おい、誰が忘れていただと?言い出しそびれていただけだと、昨日言っただろうが…」
「や、だって…そんな……」
(苦しい言い訳だと思ってたんだもん…祝いの品を用意してくれていたなんて思ってもいなかった)
誕生日を忘れられていてもいい、信長様と一緒にいられるだけで幸せだと、昨夜は心の底からそう思ったというのに…信長様が私のために祝いの品を用意してくれていた、そのことがこんなにも嬉しいなんて……
「っ…ありがとうございます、信長様。すごく嬉しいです」
「貴様の艶やかな黒髪に、この深い翠はさぞ映えるだろうと思ってな」
「本当に綺麗な翠ですね。このように美しい細工の簪は見たことがありませんわ」
「異国から買い入れた玉を堺の職人に細工させたのだ。正月前には手元に届いていたのだがな……忘れていたわけではないぞ?」
大真面目な顔で繰り返す信長様が何だか可笑しいけれど…私のために手間をかけて準備をして下さっていたことが嬉しくて堪らなかった。