第98章 翠緑の恋情
私達の話を黙って聞いていた信長様は、どこか心ここに在らずな様子で曖昧な返事をする。
(珍しいな、信長様がぼんやりなさるなんて…)
疲れていらっしゃるのかと顔色を窺うが、顔色はいつもどおりだし、特に体調が悪いわけでもなさそうだ。
(いや、よく考えたら、今日も朝からお元気だった……)
兎にも角にも、私の誕生日祝いの宴を近日中に催すということで話は纏まり、その場は解散になったのだった。
================
その日の夜
湯浴みを終えて天主に戻ると、先に戻っていた信長様は寝台の上に胡座を掻いて座っており、何やら神妙な顔をなさっていた。
「………………」
「………信長様、あの…どうかなさいました?」
「…………すまん」
「は? え、ええっと…何ですか、一体?」
今日はやたらと謝られる日だなと思いながらも、やはり信長様にも謝られる理由が思い当たらない私は、パチパチと目を瞬かせて問い返した。
「……忘れていたわけではない」
「えっ?何を?」
「だから…貴様の誕生日だ。俺は忘れていたわけではない。覚えてはいたが……言い出しそびれていただけだ」
らしくなく、ボソボソと言い募る信長を、朱里は思わず珍しいものを見るかのような目で見てしまう。
(信長様…私の誕生日を忘れてたこと、気にしてるの…?)
「忘れていたわけではないが…当日に祝えなかったことは謝る」
「い、いえ、そんな…いいですよ。年明けから色々ありましたから…秀吉さんにも言いましたけど、私、気にしてませんよ?」
『忘れてなかった』と繰り返す信長の言い訳じみた言い方が可笑しくて顔が緩みそうになるのを堪えながら、気にしていないことを伝えるも、信長の顔は険しいままだ。
「信長様、本当に気にしないで下さい。私は今年も変わらずお傍にいられるだけで幸せなんですから」
「朱里…」
「特別なことなどなくても、信長様と子供達と一緒に穏やかに過ごせれば、それで充分です」
「貴様は相変わらず欲がないな」
「ふふ…そんなことないですよ…っ…あっ…」
腕を引かれ引き寄せられると、逞しい腕の中にすっぽりと囲われる。
髪を掻き分けるようにして首筋に顔を埋めると、うなじにちゅっと音を立てて唇が触れる。
「あっ…んっ…信長さまっ…」