第98章 翠緑の恋情
「朱里っ、すまんっ!許してくれ!」
「…………え?」
綾姫様が京にお帰りになられて数日後、睦月も間もなく終わろうかというある日のこと。
朝餉のために信長様と一緒に広間へやってきて席に着いた途端、私は秀吉さんに深々と頭を下げられた。
「俺としたことが…重ね重ね何たる失態…謝っても謝り切れん」
「全くだ。これは朱里だけではない、御館様への不忠にもなりかねんぞ、秀吉」
「おっ!切腹か?派手にやれよ〜」
「秀吉さん、短い付き合いでしたけど、ありがとうございました」
「秀吉様っ…早まられてはなりません!名誉挽回の機会はいずれ必ず…」
「あ、あの〜これ、何の話??」
秀吉さんの一言から、武将達が口々に勝手なことを言い始め、話があらぬ方向へ向かっていってしまうのを、朱里はハラハラしながら見ていたが、堪らず声を上げる。
隣に座る信長は、さして興味もなさそうに手の内の扇子を弄んでいた。
「私、秀吉さんに謝られるようなことなんて…なかったよ?」
秀吉さんには実の妹のように甘やかされてばかりで、私のことをいつも何かと気遣ってくれているのだ。
むしろ迷惑をかけているのはこっちの方で、秀吉さんが謝ることなんてないはずだった。
「いや、あるんだ…そのぅ…お前の誕生日祝いのことだ」
「……へ?誕生日??」
「その…年始の会のあと、京から九条様がお越しになったり、綾姫様が滞在なされたりして城の中が慌ただしかっただろ?お前の誕生日祝いの宴、できなくなっちまって…もう睦月も終わりだっていうのに…すまんっ!」
(ええっ…何かと思えば私の誕生日のことだったの?そんなの、自分でも忘れてた…)
「そんなこと気にしないで、秀吉さん。私も忘れてたぐらいだし、誕生日だからって特別なことしなくても、皆にはいつも良くしてもらってるから…」
本当に皆には感謝することばかりだ。
いつも助けてもらってばかりで、それに見合うお返しすら出来ていないのに、この上、誕生日祝いの宴までしてもらうのは申し訳ないぐらいに思うのだが……
「いや、ダメだダメだ!遅くなっちまったけど、祝いの宴はちゃんとやるからな!詫びも兼ねて盛大に…」
「い、いいよ、盛大になんてそんな…ねぇ、信長様?」
「……ん?あぁ…」
(あれ?信長様、どうされたんだろう…)