第97章 愛とは奪うもの勿れ
「朱里っ……」
堪らず、震える身体を背中から抱き締める。
ビクリと小さく跳ねる肩口に顔を埋め、頬を擦り寄せた。
「っ…やっ、ぃやっ…離して、信長様っ…」
「ダメだ。離してやらん」
「っ…お願いです。今は…貴方のお傍にいられない。こんな醜い顔で…貴方に嫌われたくないから…」
「くっ…阿呆がっ…俺が貴様を嫌うなどと…天地が逆さになろうとも、そんなことはありえん。嫉妬に身を焦がす貴様は、俺にとってはこの上なく愛らしい。醜いなどと言うでない」
「っ…でも…」
「朱里、貴様が不安を感じておったことは分かっている。だが、俺は綾姫に特別な思いなど持っておらん。この縁組は帝へ正式に断りを入れた。今、光秀が京で調整にあたっている。じきにこの話はなかったことになるだろう。綾姫には早々に京へお帰りいただく。貴様がこれ以上気に病む必要はない」
「それは……でも、綾姫様は本気で信長様のことを…」
(あんな風に身を捧げようと思うほどに信長様を好いておられる…)
「本気だろうと何だろうと、応えられぬものは応えられぬ。俺は貴様以外の妻などいらぬ。側室も側女も持たん。何度もそう言っただろう?」
「ごめんなさい。私…信長様を信じています。私だけだと言って下さる貴方の言葉を信じてる。信じているのに…貴方に好意を持つ女人が目の前に現れただけで不安になってしまう。私以外の人が貴方に触れるだけで、その人が妬ましくて妬ましくて…気が狂いそうになる。私は…弱くて嫉妬深い。貴方の隣で、妻として堂々と立っていたいのに、こんなに弱い心では……」
朱里は震える声で絞り出すように言うと、顔を益々深く伏せてしまう。
(泣いているのか?俺は貴様を泣かせてしまっているのか…くっ…不甲斐ない。大事な女の笑顔一つ守れんとは…)
「朱里、顔を見せよ。何を恥ずべきことがある?俺は、嫉妬に身を焦がす貴様を愛らしいと思いこそすれ、恥ずかしいなどとは思わん。弱くてもいい。弱い部分を互いに支え合うために、隣にいるのだ。俺は、ありのままの貴様が愛おしい」
「っ………」
腕の中で身を震わせる朱里は、儚くて、ひどく弱々しく見えた。
「朱里っ…」
「んっ…あっ…」