第97章 愛とは奪うもの勿れ
(信長様が綾姫様と…っ…でも…あれはきっと私の勘違いなのだ。きっと、そう…信長様が私を裏切るようなことを……なさるはずがないのだから…でも…そうだと思うのにどうして、こんなにも胸が苦しいのだろう)
信長様を信じている。信じたい…信じられる……でも、もしかしたら本当に……
「っ…いやっ…そんなこと、絶対にっ……」
「朱里っ……」
耐え切れなくなって、俯いて両手で顔を覆ったその時、部屋の入口が開いた。
(っ…信長様っ…?)
愛しい人…大好きで……今、一番逢いたくない人……
顔を覆ったまま、背を向けてぎゅっと身体を縮こまらせる。
襖が閉じられて、近付いてくる足音に、顔だけでなく耳までも覆いたくなる心地だった。
「っ…朱里っ……?」
「………………………」
すぐ傍まで来ても、避けるように身を固くする朱里の姿を見て、信長は何とも言えない気持ちになる。
怒っているのか…悲しんで…泣いていたのか……
「朱里っ…こちらを向け」
「………………………」
「顔を上げよ……」
「…………嫌っ」
ふるふると頭を振って拒絶を示すと、益々、身を固くする。
その様子に若干苛立った信長は、背中を向けた朱里の肩に手を伸ばし、強引に振り向かせようとした。
「嫌っ!見ないでっ……」
はっきりとした拒絶の言葉とともに激しく身を捩る朱里を、信長は苛立ちと困惑が入り混じった複雑な表情で見る。
「くっ………」
「見ないで…下さい。私っ…今、酷い顔してる…」
「朱里……?」
「っ…貴方に触れた綾姫様が憎らしい。私の…私だけの信長様なのに…私以外誰にも触れさせたくないのに…っ…あぁ…私はなんて欲深い…浅ましい…嫉妬に塗れたこんな顔、貴方には…貴方にだけは見られたくないのです…」
「っ…朱里、貴様っ…」
溜めていたものを吐き出すように、心の内を曝け出す朱里の姿にグッと胸の奥が締め付けられる。
(朱里がこんな風に己の心を曝け出すなど珍しい。綾姫に嫉妬する己の心を浅ましいと…貴様は恥じるのか…)
何か声を掛けてやりたいと思いながらも、気の利いた言葉など出てこなかった。
己の嫉妬心を恥じ、顔を伏せる朱里を、どうしようもなく愛おしいと思ってしまったから……