第19章 金平糖を奪還せよ
「朱里っ、御館様が来られなかったか??」
はぁはぁと息を切らして、襖に手を掛けたまま秀吉さんが私に聞いてきた。
額には汗が浮かび、見たこともない必死の形相で…
「っ、信長様?えっと…来られなかった…よ?」
秀吉さんの迫力に圧倒されて、若干おかしな答え方になってしまう。目も少し泳いでしまってた…と思う。
秀吉さんが訝しげに部屋の中を見回しだして……衝立の前でその視線が止まる。
「御館様っ!お隠れになっても無駄です!
そこにいらっしゃるのは分かっておりますっ!」
「チッ、目ざとい奴め…」
信長様が渋々といった様子で衝立の裏から出ていらっしゃると、秀吉さんが勝ち誇ったように言い放つ。
「さぁ、金平糖をお渡し下さいっ!
一度に沢山召し上がられぬよう、私が預かります!」
「くっ、秀吉、貴様、俺を何だと思っておるのだ…」
「御館様のお身体を健やかに保つことが、この秀吉の務めでございます!さぁ、お早くお出し下さいっ!」
信長様が至極嫌そうに懐から取り出した金平糖の小瓶を、秀吉さんは大事そうに受け取り、いそいそと私の部屋を出て行った。
「………………」
いかにも不機嫌そうに黙って座り込む信長様の様子を、どうしたものやらとチラチラと横目で窺う。
千代は負のオーラを放つ信長様にすっかり怯えきっており、いつの間にか部屋の隅に逃げている。
「…朱里っ!秀吉から金平糖を奪還するぞ!
今から策を練る。貴様も一緒に天主に来いっ!」
強い決意を秘めた顔で立ち上がり、ガシッと私の腕を掴んで引きずるように部屋を出て行く信長様。
「ひ、姫様っ〜」
背後で千代が泣きそうな声で私を呼んでいたけれど、信長様が止まってくれるはずもなく………私は無理矢理、天主に連行されることになったのだった。