第97章 愛とは奪うもの勿れ
上座で信長の隣に座り、顔を赤らめる朱里を、武将達が微笑ましく見守っているなか、すぐそばでは綾姫が不機嫌さを隠さない険しい顔をしていた。
『広間で共に朝餉を』と言われ、信長と一緒の時間が過ごせると喜んで来たものの、朝から二人の仲睦まじい様子を見せつけられては気が滅入るというものだ。
朱里の首筋の赤い跡には、綾姫も当然気がついていて……
閨事の経験のない綾姫でも、聞こえてくる武将達の会話からさすがにそれが何たるかは理解した。
理解したと同時に、昨夜見てしまった艶めかしい光景を思い出してしまい、身体がかぁっと熱くなる。
(あんなにあからさまに情事の跡を晒したりして…なんと、はしたないっ!武家の女子は慎ましさが足りないのかしら…)
心の中で毒づきながら、眉を顰めて朱里を睨んでいると、俯いていた朱里がパッと顔を上げて目が合ってしまった。
「っ………」
何とも言えない気まずさから、先にぎこちなく視線を逸らしたのは綾姫の方だった。
(何故、私が気まずい思いをしないといけないのよ!覗き見してしまったのは悪かったけど、あんなに廊下にまで聞こえるほど破廉恥な声を上げる方が悪いに決まってるじゃないっ!そうよ、私は別に見たくて見たわけじゃ……)
信長と自分以外の女の閨事など、見たくはなかった。
見たくはなかったが……朱里との閨での信長は男らしく妖艶で、男としての魅力に溢れていた。
あんな風に抱かれてみたい。
あんな風に好いた男に愛されたら、どんなに幸せだろう。
『愛してる』と… そう言ってもらえたら……
「如何なされた、綾姫様?お顔の色が優れぬようだが?」
思いがけず呼びかけられ、ハッと気が付いて顔を上げると、光秀が切れ長で意味深な目でジッとこちらを見ていた。
「…明智様。大事ありませんわ。少々寝不足なだけです」
「ほぅ、寝不足ですか。それはいけませんね。遅くまで眠らずに…姫は一体何をご覧になったのやら…?」
「なっ…何を言ってるの…私は別に…何も見てないわよっ!」
「おやおや、お顔の色が今度は一気に色付いて…お可愛らしいことだ。御館様もこんなに愛らしい方を袖になさるとは罪な御方だ」
「っ……」
いつの間にか光秀は、今にも触れそうな距離までにじり寄っていて、綾姫に甘い声で囁きかける。