第97章 愛とは奪うもの勿れ
翌朝、自室で目覚めた朱里は褥の中で身動ぐ。
「んっ…信長様…?」
名を呼べど、愛しい人の姿はそこにはなかった。
(天主に戻られたのかしら…はぁ…もう朝なのね)
昨夜、信長は天主に戻る時間も惜しいと言わんばかりに、朱里の自室で身体を重ねた。
奥御殿の自室は、侍女達の目もあり、結華の部屋も近い。
信長との情事ではいつも声を抑えられない朱里は、自室では落ち着かないからと、やんわりと拒絶の意を伝えたのだが、信長は聞いてくれなかった。
流されるように肌を暴かれて、気がつけば甘い喘ぎが止まらなくなっていた。
信長の愛撫はいつも以上に情熱的で、互いに時間を忘れるほど溺れてしまった。
何度も果てて最後は意識もおぼろげだった身体は、いまだ気怠くてふわふわした心地がする。
信長は、朝の支度をするために先に天主に戻ったのだろう。
「はぁ……」
私ももう起きて支度をしなければ、と思いながらも、褥から起き上がることすら億劫になって敷布に顔を埋める。
ぽふんっと顔を俯せると、敷布から微かに信長の香が香る。
愛しい人の残り香に、かあっと胸の奥が熱くなり、恋しさが募る。
つい先程まで隣にあったはずのぬくもりが、もうここにはないということが無性に淋しく感じてしまい、恋しくて堪らず、香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
(信長様…昨夜はいつにも増して強引だった。いつもなら天主へ連れていって下さるのに…ここで、するの…久しぶりだったな。声、聞かれてないといいんだけど…)
侍女達は心得たもので、余計な噂話などはしないが、それでもやはり閨での乱れた声を聞かれているかもと思うと、恥ずかしい。
信長には声を抑えろと言われるが、こればかりは自分でもどうすることもできず困っているのだが……
「っ…あっ…」
起き上がり、着替えようと夜着の袷に手を掛けたところで首筋にピリッとした疼きを感じて手を止めた。
姿見で確認すると、首筋の目立つところに赤い証が残っていて……
(やだっ、信長様…いつの間にこんな目立つところに…こんなにくっきり残ってたら、白粉でも隠せないよ…)
こんな場所にいつの間に付けられたのだろうか…全く記憶がない。
私が寝てる間に…?
着物で隠れない場所には付けないで、といつもお願いしてるのにどうして…?
信長の激しい独占欲に戸惑いながらも、赤い証をそっと指で撫でた。