第97章 愛とは奪うもの勿れ
信長に全身全霊で愛される朱里を羨む気持ちと、覗き見してしまった罪悪感、他人の閨事を見て人知れず興奮してしまった情けなさと恥ずかしさで、気持ちは千々に乱れてしまっていたけれど………
「ぁっ…やっ…信長さま…まだ、あぁっ…待ってっ…」
休む間もなく聞こえてきた朱里の甘い声に、綾姫の我慢はもう限界で…ぎゅっと唇を噛み締めて屈辱感に耐え、部屋の前から立ち去ろうと踵を返した。
衣擦れの音すら気にして廊下を進みかけた綾姫を追い立てるように、女の感極まった嬌声が高らかに響く。
(っ………)
逃げるようにしてその場をあとにし部屋へ戻った綾姫は、襖を後ろ手に閉めて、そのまま座り込んでしまった。
どうやって部屋まで戻ったのかも覚えていない。
結局、厨へも行けず、喉の渇きは癒せぬまま、余計に酷くカラカラに渇いてしまっていた。
「っ……はぁ……」
息が苦しい。
はぁはぁと荒く呼吸をするたびに、咽喉の奥がひりひりする。
苦しさに堪えるようにぎゅっと固く目を閉じると、先程見た生々しい男女の交わりの光景が浮かんできてしまう。
快楽を貪り獣のように激しく交わる様は、まだ生娘の自分の想像以上に官能的でいやらしくて…そして美しかった。
信長に抱かれ、その悦楽を隠すことなく全身で表す朱里が羨ましくて妬ましくて…
(私もあんな風に…信長様に…愛されたい)
その夜はなかなか寝付けなかった。
目を閉じて布団に横になっても、朱里を抱く信長の妖艶な仕草が目の奥に浮かび、身体がかぁっと熱くなる。
いつの間にか……夢を見ていた。
夢の中で信長に組み敷かれているのは自分で、聞いたこともないような蕩けた声を上げて身を震わせて……
信長の熱い昂りが身を貫いて、激しく揺さぶられて快楽に身を委ねて……
けれど、甘く蕩ける夢の中でも、信長の口から『愛してる』という言葉は聞けなかった。