第97章 愛とは奪うもの勿れ
(信長様がきっぱり断って下さったのは嬉しいけど…綾姫様は信長様に好意をお持ちのようだった。見たところ気の強そうな御方のようだし、簡単には諦めて下さらないかもしれない)
「朱里…」
「っ…あっ…」
胸元へふわりと抱き寄せられる。
「そんな顔をするな。俺を信じよ。貴様を悲しませるようなことはせぬ」
「はい…信長様を…信じております」
信長様を信じてる。
信長様は何があろうと私を守ってくれる。
だから私も、信長様を信じて、正室として堂々としていよう。
信長様に側室を薦める声はなくならない。
織田家とのより強固な繋がりを求める大名達は、こぞって縁組を持ち掛けてくる。
これまでも、これからも、ずっと……
(貴方を想う気持ちは誰にも負けない。相手がどんなに高貴な身分の姫様でも…貴方を奪われたくはない)
側室の話が出る度に、動揺し心を乱しているようでは駄目だ。
強くならなくては……信長様の隣で堂々と立っていられる強さが欲しい。
心を強く持とう。
信長様の一番であり続けるために……
=====================
「もぅ!何なのよ…腹立たしいっ!」
信長が部屋を出て行くのを引き止められなかった綾姫は、手に持った扇を苛立ちまぎれにぎゅっと握り締める。
正室との仲睦まじい様子を見せつけるような信長の態度に腹立たしさを感じながらも、胸がツキンっと苦い痛みを感じる。
冷たい態度を取られても、想うのは信長のことばかり。
あの日、京で初めて会った時から、信長のことが好きになってしまった。負けず嫌いな自分が、側室でもいいから傍にいたいと思えるほどに。
手酷く拒絶されても嫌いになどなれず、どうしても忘れられなかった。
信長がただ一人寵愛する正室がいるという大坂へ押しかけてでも、信長に逢いたくて堪らず、父に懇願して縁組の話を進めてもらった。
今度こそ振り向かせてみせると、そう思っていたのに……
(断られるのは覚悟していた。それでもお傍に侍れば、何かしらの機会があるはず。一度や二度冷たくされたぐらいで…私は、諦めないわよっ!)