第97章 愛とは奪うもの勿れ
(っ…嫌われちゃったかな。信長様からは『関わるな』と言われたけど、大事なお客様だし、失礼のないようにしたいのだけど…)
明らかに不機嫌な様子の綾姫だが、信長には、とりなす気は毛頭ないようで、綾姫の物言いたげな視線を無視するように私の肩を抱く手に力が篭もる。
二人の板挟みになったようで私も心苦しく、その後は信長様に促されるまま、退室することになった。
「信長様っ!待って下さい…何であんなこと…」
退室した後、すたすたと歩いていってしまおうとする信長を朱里は慌てて呼び止める。
「どこで貴様を愛でようと俺の自由だ」
「っ…そんなっ…あれではまるで、わざと見せつけるような…」
「そうだ、見せつけて何が悪い?」
「っ…京からの大事なお客様の前ですよ?あんな風に目の前でイチャイチャするのは恥ずかしいし、失礼では…?」
問い詰めるような私の口調に、信長様はゆっくりと足を止める。
はぁ…っと溜め息を吐いて、口を開きかけては逡巡するかのように押し黙る。
いつも自信たっぷりで揺らぎのない態度を崩さない信長にしては珍しく、何か迷いのある様子だった。
(信長様…?)
暫しの沈黙の後、もう一度溜め息を吐いてから、信長は躊躇いがちに口を開いた。
「……朱里、貴様には言わずにおこうかとも思ったが…黙っていてもいずれ貴様の耳にも入るだろう。人伝てに聞いて誤解があってもいかぬゆえ、言っておく。
此度の九条殿の訪問の真の目的は、俺と綾姫の縁組をまとめることだ。綾姫を側室に迎えるよう求められた」
「………綾姫様を側室に…?」
「無論、断った。側室など必要ない。だが、のらりくらりとはぐらかされて、姫は暫く滞在することになった。強引に居座って、なし崩し的に、という腹づもりであろうが…誓って言うが、俺にその気は一切ない」
「……………」
「朱里、貴様は何も案ずることはない。俺の妻は貴様だけだ。朝廷の意向がどうであろうと、知ったことではない。そんなもので俺を動かそうなどと、思い上がりも甚だしいわ」
忌々しげに吐き捨てる信長を見て、朱里は困ったように顔を曇らせる。
そうは言っても、朝廷の、帝の御意向による縁組ならば、断るといってもそう簡単にはいかないだろう。