第97章 愛とは奪うもの勿れ
それでも何か言ってやろうと、綾が口を開きかけたその時、
「朱里っ!」
襖が荒々しく引き開けられた音に驚いて振り向くと、入り口に仁王立ちする信長の姿があった。
「信長様っ…」
ずかずかと室内に足を踏み入れた信長は、二人の女の間に割って入り、綾姫にチラリと感情の籠らぬ視線を投げながら、さりげなく朱里を背に庇うように立った。
「朱里…挨拶は済んだのか?」
「えっ…あ、はい…」
「ならば、もう下がるぞ」
「えっ、あの…綾姫様に城内のことなどお伝えしようと思って…」
「そのようなことは秀吉にでも任せておけ」
「でも…あっ、やっ、ちょっと!?信長様!?」
信長は朱里の腕を引いて立ち上がらせると、その場でいきなり抱き上げた。
(やっ…いきなりどうして…綾姫様の前なのに…)
突然のことに慌てる朱里にお構いなしに、信長は愛おしげに朱里を見つめ、その髪を優しく撫でる。
柔らかなその手つきは、うっとりするほど心地良かったが、刺すような険しい顔で見上げてくる綾姫の視線が居た堪れず、落ち着かない。
「やっ…信長様っ、降ろして…お客様の前ですから…」
「構わん。俺の城で何をしようと俺の勝手だ。愛しい妻を愛でて何が悪い?」
「そ、そんな…」
ニッと口の端を上げて悪戯っぽく笑いながら、わざとらしくチラリと綾姫に目線をやる。
(うっ…今日の信長様、何か変。こんな見せつけるみたいにして…っ…、わざとなの?綾姫様の前でわざと…?)
触れられるのは嬉しい。
でも…こんな風に見せつけるみたいにされるのは嫌だった。
「っ…ダメですっ!離して下さらないと…今日の甘味はお預けですからっ!」
「………は?」
何とか離してもらおうと、悩んだ末に口から飛び出した言葉は、信長様には予想外のものだったらしく……
「っ…くくっ…貴様、それで俺を脅しているつもりか?はっ…まぁよい、言うとおりにしてやろう。貴様の作る甘味が食えんというのは俺にとっても痛手だからな」
くくっ…と面白そうに笑いながらも信長様は私を降ろしてくれた。が、すぐに肩をぴったりと抱き寄せられしまう。
(降ろしてもらえてよかったけど…人前でこんなイチャイチャしちゃって…)
気まずい気持ちで綾姫の様子を窺おうとすると、プイっと顔を背けられてしまった。