第97章 愛とは奪うもの勿れ
「別に…変ではない。貴様の思い過ごしだろう。とにかく、貴様がそこまで言うなら仕方がない、挨拶…ぐらいは構わんが、九条の姫とは親しくする必要はない。よいな?」
「むぅ……」
それでも不満げな顔をする朱里を見て、信長は何とも言えない可笑しな気分になる。
(全く…縁組だ側室だと悩ましい思いに苛まれていたのは俺の方なのに、こやつに不満げな顔をされるとは…だが、九条の姫が俺の側室候補だと正直に言ったら朱里がどれほど悲しむかと思えば…それは言えん。たとえ俺にその気が『全く』ないとしても、だ)
無用な誤解は避けたい。だが、綾姫が朱里に会えば、何を言うか分からない。ならば俺の口から言っておくべきか…いやしかし…
信長の悩みは尽きない。
「信長様…あの、ごめんなさい…怒ってます?」
「ん?」
様々に思案するうちに無言になっていた信長を、怒らせてしまったかと不安になったのだろう、先程までの威勢はどこへ行ったのか、朱里は不安げに信長の袖を引く。
その頼りなげな姿に、ぐっと胸を打たれる。
(くっ…俺をこんなにも振り回す女は、後にも先にも貴様だけだ、朱里…)
「……そうだな、怒っておる」
「えっ…あ…ごめんなさい、私っ…生意気なこと言って…」
「くくっ…そうだ、その生意気な口は仕置きが必要だな」
「えっ!?っ…あっ、んんっ、っ、は…ぅ…」
朱里の頭を強引に引き寄せて、その唇を塞ぐ。
驚いて何か言いかけた言葉は、虚しく信長の口内へと消えていく。
ーちゅっ…ちゅうぅ…くちゅっ…
「んっ…ふっ…あっ…」
熱い舌先が歯列を割り、口内をくるくると舐めていく。
擽ったくてゾクゾクするような快感に腰の奥がふるりと震えると、朱里の身体はくったりと力が抜けてしまう。
今宵は、いつもと違う悩ましげな様子の信長が気掛かりだった。
何か自分に隠していることがあるのではないか、自分の知らないところで何か問題事が起きていて信長が窮地に立たされていたとしたら…そう考えると居ても立っても居られなかった。
けれども、そういったことも忘れさせるかのような信長の濃厚な口付けに溺れてしまい、その夜は結局、それ以上は何も聞けなくなってしまったのだった。