第97章 愛とは奪うもの勿れ
「織田殿、明けましておめでとうさんです。今年もよろしゅう御頼もうします。帝も織田殿には大層ご信頼を置かれていらしゃいまして、『今年も頼りにしている』と直々の仰せでしたぞ」
「それは…ありがたき幸せ。九条殿にはわざわざ大坂までお越しいただき、痛み入る」
互いに形式的な挨拶を交わしながら、ニコニコと捉えどころのない公家特有の笑みを浮かべる顔を、信長は心中複雑な思いで眺めていた。
それというのも、扇を揺らし、ほほほっと女のように笑う摂政殿の隣には、正月らしい煌びやかな色柄の着物を纏った若い女人が控えていたからだった。
「いえいえ、此度、大坂まで参ったのは、何も新年の寿ぎを申し上げるためだけではございませんからな」
チラリと隣の女人に目線をやりながら微笑む顔に、信長や居並ぶ武将達は何やら不穏な予感がする。
「此度は、娘の綾を連れて参りました。先の御上洛の折には、行き違いがあり、織田殿には失礼なことを致しましたが…是非とも、改めて我が娘との縁組をお考え頂きたく…」
「……は?」
「織田家と公家衆との結び付きを強くするは、帝のお望みでもあり、これは朝廷よりの申し出と受け取ってもらってよろしいですぞ」
「っ……」
「お、お待ち下さい、九条様。縁組などと、そんな急に…御館様には既に御正室も御子様もいらっしゃいます。今更そんな…」
信長の傍に控え、黙って話を聞いていた秀吉だったが、堪らず声を上げる。
「控えよ、秀吉。摂政殿に無礼であろう」
「っ…しかし……」
上座からジロリと冷たく睨む信長の目力に気圧されて、秀吉は口を噤まざるをえない。
「構しません。それはよう存じております。ですが、天下人たる織田殿の奥が御正室お一人というのは、些か心許ない。御嫡男がお産まれになられたばかりでは、奥方様も何かとお忙しいでしょう?
側室の一人、二人囲うのも、男の甲斐性というもの。
なに、すぐに輿入れをと申しているわけではない。まずは綾と親しうなって頂ければと……」
「………………」
(よくもまぁ、勝手なことばかり言いおって…朱里を同席させなくて正解だったな)
すらすらと、立板に水の如く出てくる身勝手な物言いに、さすがの信長も呆れて、なかなか口を挟めないでいた。