第97章 愛とは奪うもの勿れ
「秀吉っ!」
「は、はいっ!すぐに手配を致しますっ!」
混乱する頭のまま、信長の鋭い声音に脅かされるように慌てて部屋を飛び出して行く。
転がるように出て行く秀吉を悩ましげに見送ってから、信長は手元の文を無造作に文机の上に置く。
(三が日の謁見が終わり、ようやく一息つけると思った矢先に朝廷から使者が来るなどと…しかも摂政とは…面倒な奴が選ばれたものだ)
関白の近衛前久ならば気心も知れていて気も使わぬ間柄だが、摂政殿とは内裏で会ったら世間話をする程度の仲でしかない。
わざわざ大坂まで来られても、正直なところ、こちらに得るものはなく、只々煩わしいだけだ。
(帝の名代と言われたら無碍にも扱えぬ。それ相応の歓待をせねば、何を言われるか分からん。彼奴らは、自分達は敬われて然るべきと当たり前のように思っているからな。全く…公家どもの相手は何かと手が掛かる。秀吉ならば今からでも上手くやるだろうが…)
つまらぬ挨拶の文だと思っていたら、とんでもない厄介事だった。
単なる新年の挨拶ならば文で済ますか、俺を呼びつければ済む話だ。わざわざ摂政を差し向けるとは、朝廷側に何か特別な意図があるとも考えられる。
今、現状では日ノ本の政は落ち着いており、争乱の兆しは見られない。
朝廷から何か求められるようなこともないはずだった。
(朝廷側の意図が分からぬうちは、迂闊には動けん)
何より、もういつ到着するかも知れないのだ。
今更断れないのなら、何事もなく穏便にやり過ごすしかない。
「はあぁぁ……」
新年早々、面倒な…と、信長は大きな溜め息を吐くと、自らも客人を迎えるための支度へと向かうのだった。