第97章 愛とは奪うもの勿れ
「御館様っ!申し訳ございませんっ…私の不注意でこのような失態を…何とお詫びすればよいか…」
上座の信長に文を捧げ、秀吉は平身低頭、頭を下げる。
文の内容がいかなるものであったとしても、どのような叱責も甘んじて受ける覚悟だった。
「たかが文一つで大袈裟な…暑苦しいぞ、秀吉」
呆れたような口調で言い放つ信長に、秀吉はそれでも頭を上げられなかった。
「し、しかし…もう三が日も過ぎてしまい…九条様からの大事な御文を放置するなど、許されぬ無礼を…この上はどのような罰でもお受けする所存です」
言いながら益々頭を低くする秀吉を、信長は冷ややかに見下ろす。
「たわけっ、文の中身も見ぬうちに呆けたことを言うでないわ。公家どもの文など、どうせ大した内容でもなかろう」
ふんっ、と鼻で笑いながら、信長は乱雑に表書きを開き、文を読み始める。
秀吉は頭を低くしながらも、信長が文を読み進める気配に、ぎゅっと身体を強張らせていた。
二人だけの室内に、シンっと静かな沈黙が漂う。信長は一言も発することなく文を読み進めている。
秀吉には、その沈黙が異様に恐ろしく感じられた。
(っ…何と書いてあるんだ?何か、よくないことなのか…)
文を読む信長の表情が気になるが、許しもなしに無遠慮に顔を上げることは憚られた。
秀吉の葛藤を嘲笑うかのように、長い長い沈黙の時間が続く。
さほど長い文でもない。とっくに読み終わっているはずなのに、信長からは一向に声が掛からない。
(どうなさったのだ…御館様っ、何か仰って下さいっ!)
「秀吉…今日は何日か?」
「へ?…えっ…いや、あの…三が日が終わって、その…四日、ですけど」
(何だ何だ…やっぱり急ぎの文だったのか!?まさか、帝からの上洛の要請とか…?)
「四日…ならばもう手遅れ、今更断れぬか…はぁ、秀吉、今すぐ客人を迎える準備をしろ。九条殿が帝の名代で年始の挨拶に来る…日付は…今日だ」
「は?えっ?九条様がですか??帝の名代!?はぁ!?いやいや、何でそんな急に…帝のお使者をお迎えするには相応の支度がいりますよ?あぁ、いや、俺がもっと早く知らせていれば……よかったのか?」
予想外の信長の言葉に、秀吉の思考回路はついていけない。
(九条様って摂政だったよな…御館様と特に親しいわけでもないのに、帝の名代で年始の挨拶に来るなんて…)