第96章 年越し
村人達の案内で、この村の氏神である神社へ足を踏み入れると、境内は篝火がいくつも焚かれ、昼間のような明るさだった。
決して大きな神社ではないが、村人達の手によってなされたのか、丁寧に掃除も行き届いていて、新年を迎える準備が厳かに整えられていた。
村長の知らせを受けて慌てて出迎えに出てきた宮司と、二言三言、言葉を交わしてから、信長と朱里は村人達とともに神社の中へと入っていく。
(神社で年を越すなんて初めてだな。毎年、大晦日の夜は信長様と天主で……)
「っ…あっ……」
「朱里?どうかしたか?」
「えっ…い、いえ、何も……」
(や、やだ、私ったら…何考えてるの。神様の前で不謹慎だわ)
毎年、大晦日の夜は『姫納め』だとか何とか言われて信長様に激しく抱かれてしまい、年が明けるその時はいつも記憶が曖昧だった。
(そういえば除夜の鐘も全部聞いたことないな、私。いつも、いつの間にか年が明けてて…あぁ、毎年、煩悩だらけの年越しだったんだわ)
今更ながら、厳粛さのカケラもない例年の大晦日の夜を思い出すと恥ずかしくなってしまう。
朱里が妄想に顔を赤くしている隣で、信長は秀吉宛ての文を認めていた。
予期せず今日中に城へは帰れなくなったが、こんな風な年越しも悪くはない。
(秀吉は怒るかもしれんが…こうなったものは仕方ない、後はもう楽しむだけだ)
年籠りなど、神に祈りを捧げることに大した意味を見い出せず、家督を継いで今日まで避けて通ってきた。
朱里に出逢うまでは、一人、天主で酒でも飲みながら長い夜を過ごし、年が明ける瞬間を漫然と迎えるのが常だった。
朱里に出逢ってからは、除夜の鐘では到底祓えそうもない煩悩だらけの夜を過ごし、愛しい女を腕に抱いて年明けを待った。
今宵は、そのどちらでもない年越しになるのかと考えると、それもまた楽しい。
民達と車座になって語らい、共に新しい年を迎える。
城の中にいては分からぬことも、民と共に語らい、共に酒を酌み交わすことで新しく発見することも少なくない。
信長は幼き頃から、そんな風にして民と共に生きてきた。
生まれや身分に拘らず、堅苦しいしきたりや取り決めなども気にせず、民の間に溶け込んで話を聞いた。
『どのような時も、民と共にあること』
それが己の原点だと、そう思っている。