第96章 年越し
「んっ…信長様、遠乗り…早く行きましょう」
秀吉さんには悪いけど、久しぶりの遠乗りが、お忙しい信長様の息抜きになるならと、私からも積極的に誘ってみることにした。
「よし!では秀吉に見つからぬうちに行くとしよう」
ふわりと嬉しそうに笑う信長様の顔は、新しい遊びを見つけた子供のような無邪気で愉しげな笑顔だった。
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「信長様、これからどこに行かれるのですか?」
愛馬『鬼葦毛』の手綱を緩々と握り、ゆったりと馬足を歩ませる信長様は、城下を出てからも特に急ぐ様子もなく、ゆっくりと進んでいく。
どこか目的の場所でもあるのだろうかと尋ねてみた私に、信長様は意外そうな顔をする。
「特に行くあてはないな。久しぶりに貴様と遠出をしたくなっただけだ。此奴にも長らく退屈な思いをさせておったしな」
鬼葦毛の首筋を宥めるようにトントンと優しく叩いてやると、鬼葦毛も主人の愛情が分かっているのか、ぶるんっと鼻を鳴らして応えている。
「ふふ…鬼葦毛も嬉しそうですね。この子は本当に信長様のことが好きなんですね」
「好き、という感情かどうかは分からんが、此奴とは数々の戦場を共に駆け抜けてきて互いに信頼し合い、思いは通じておる。此奴のことは、俺が誰よりも理解している」
慈愛に満ちた表情で鬼葦毛を見つめ、口元を柔らかく緩める信長様を見た私は、訳の分からないモヤっとした感情に襲われる。
(……あれ?何でモヤモヤするんだろ…信長様と鬼葦毛のイイ話聞いただけじゃない。『互いに思い合ってる』って……いやいや、人と馬の話だし!?わぁー、もう!私ったら、何考えてるんだろ……)
「………百面相か?」
笑いを堪えるように顔を顰めた信長様が私の顔を覗き込んでくる。
「楽しそうに笑っているなと思ったら、暗い顔になっておるし…貴様はコロコロと表情を変える飽きん女だが…一体、何を考えておった?」
指先で私の頬をツンツンと突きながら、意地悪そうに口角を上げる。
「うっ…別に何も…」
(言えない…馬に嫉妬したなんて言ったら、さすがに信長様でも呆れちゃうに決まってる)
「ほぅ…俺に隠し事とはいい度胸だな、貴様。余程、俺の仕置きが好きとみえる。貴様も懲りんな」
「えっ、ええっ…何の話ですか?っ…ひゃあっ!?」