第96章 年越し
「御館様ぁー、どこですか?御館様〜?っ…くそ、どこに行かれたんだ…俺としたことがお姿を見失うとは…」
(秀吉さん!?)
声の主は、秀吉さんだった。
風邪から復帰し、すっかり元どおりになったみたいだ。信長様を探す声にも、心なしかいつも以上に気合いが入っているような気がする。
「っ…んっ…の、信長様?秀吉さんが…探してますよ?」
「分かっておる、だからこうして隠れている。今から貴様と遠乗りに行くのだ。彼奴に邪魔はさせん」
「ええっ!?遠乗りって…私、聞いてませんけど!?」
「今、言った」
「……………」
(もうっ!急なんだから…信長様とお出かけできるのは嬉しいけど)
いきなり決定事項になってしまった遠乗りに戸惑いながらも、信長様と二人きりで出かけられる嬉しさには抗えない。
けれど今日は大晦日、忙しさの山場は越えたとはいえ、明日の年始の会の最終的な打ち合わせなどもあるだろうし、信長様が遠出をする余裕はないような気がする。今から遠乗りなんて、きっと秀吉さんには許してもらえないだろう。
部屋の前を信長様を呼びながら通り過ぎる秀吉さんの気配に、二人して息を潜める。
頭の上で信長様の息遣いが聞こえることにドキドキしてしまって、上手く息ができなかった。
「…………行ったか」
息を潜めて外の気配を窺う信長様の声が、耳元で低く囁く。
「んっ…ふっ…ちょっ…そんなとこで…言わないで…」
「んー?そんなとこ、ってどこだ?」
「や、ちょっと…んっ…あっ…」
背後から抱き締められたまま、首筋に唇が寄せられて…チュウッと音がするほど強くうなじに吸い付かれる。
「あっ…んっ…やぁ…」
「声を抑えよ、朱里。秀吉が戻ってくるかもしれんぞ?」
ーちゅっ、ちゅっ…ちゅうぅ…
「ふっ…あぁっ…そんな強く吸っちゃ…あっ…ダメっ…」
「くくっ…貴様は本当に感じやすいな。可愛すぎて今すぐ押し倒してしまいたいぐらいだ。だが、まぁ、この場は我慢するか…俺は今、久しぶりに外の空気が吸いたいのだ」
「あっ……」
そうだ、ここ数日、年始の会の準備のために信長様は城内でずっと打ち合わせをされていて、年の瀬を天主と執務室の往復で過ごされていたのだ。
元々外に出るのがお好きな方で、堅苦しい決め事などは嫌う方だから、だいぶ鬱憤が溜まっておられるに違いない。