第95章 雪の日に
「秀吉様、何か召し上がりますか?奥方様から頂いた蜜柑、食べられそうですか?」
熱のせいで朝から食事を摂れていないと家臣の方から聞いていた。
薬を飲むにしても、先に何か口に入れてからの方がいいだろうと思い、聞いてみる。
「ん…正直、あんまり食欲はないんだけどな。喉も痛くて…っ、ゴホッ…でも、蜜柑ぐらいなら食べられるかもしれない。せっかくの見舞いの品だし…いただくよ」
「よかった!じゃあ、皮を剥きますから待ってて下さいね」
秀吉の世話を焼けるのが嬉しくて、千鶴はいそいそと蜜柑の皮を剥き始める。
日頃、秀吉には気遣いばかりしてもらって申し訳なく思っていたから、こんな風に愛しい人のお世話ができることが、千鶴は嬉しかった。
美しい橙色をした蜜柑の皮に手を掛けると、瑞々しくも甘酸っぱい柑橘の香りが部屋の中に広がる。
爽やかなその香りは、気持ちを和らげる効能もあるようだ。
「秀吉様、はい、どうぞ!剥けましたよ」
薄皮まで綺麗に剥いて、食べやすいように半分に割って差し出す。
「………」
「……秀吉様?」
「ん……その、千鶴、あ、その…食べさせて、くれるか?」
「えっ…ええっ!?」
予想もしてなかった言葉に驚いて、秀吉様の顔を無遠慮にジロジロと眺めてしまった。
秀吉は戸惑う千鶴の視線を気にすることもなく、んっ、と、強請るように口を突き出す。
「……!?」
(か、可愛いっ…秀吉様が私に甘えて下さるなんて…)
普段は見せない、秀吉の甘えるような仕草に、心の臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。
普段、秀吉に大事にされてばかりの千鶴は、こんな風に自分に甘えて委ねてくる秀吉を見るのは初めてだった。
(不謹慎かもしれないけど…でも、嬉しい)
「っ…秀吉様、はい、どうぞ…」
緊張で震える指先で蜜柑を一房摘むと、開いた唇へと近付ける。
口の中へそっと蜜柑を入れる時、微かに触れた唇は熱のせいか、いつもより熱くなっていた。
「ん、美味い。千鶴…もっと…」
催促するように唇を突き出す秀吉に、場違いな色気を感じてしまった千鶴は、煩く騒ぐ心の臓の音が聞こえてしまわないかと、その後も気が気ではなかった。