第95章 雪の日に
そうして、二人きりの甘い朝のひとときを過ごし、名残惜しくも身支度を整えて……
「信長様…秀吉さん、遅いですね」
いつもならとっくに迎えに来ているはずの秀吉さんが来ない。
毎朝きっちり決まった刻限に信長様を迎えに来る秀吉さん。
信長様への朝のご挨拶とその日の予定をお知らせし、朝餉の席へご案内する。
毎朝決まった日課であり、真面目でお役目第一の秀吉さんが時間に遅れたことなど一度もなかった。
「ふん…彼奴が顔を見せんとは珍しいこともあるものだ。まぁ、よい。朱里、行くぞ」
「は、はいっ…」
(秀吉さん、どうしたんだろう。何かあったのかな…)
秀吉さんの不在を特に気にする様子もなくさっさと出て行く信長様の後を慌てて追いかけながら、私は何とも言えない不安を抱えてモヤモヤしていた。
広間に着くと、そこは既に朝餉の準備ができていた。
談笑しながら自席に着いていた武将達は、入ってきた信長にさっと首を垂れる。
が……その中にも秀吉さんの姿は見えなかった。
「………秀吉はどうした?」
上座の席に着きながら、信長は獲物を射るような鋭い目で広間の中をジロリと見回す。
そのヒヤリと凍りつくような声音に、武将達の間に一瞬で緊張が走る。
「信長様、申し訳ございません。今朝、秀吉様は体調が優れぬご様子でして…登城は控えて頂きました。本日はお休みを頂きたく存じます」
三成が一歩進み出て恭しく奏上する声が、静まり返った広間の中に響く。
「体調が優れぬ、だと?はっ…珍しい事があるものだ。家康、どういうことだ?」
「いや、俺も、今さっき聞いたとこなんで…熱があるって言ったっけ、三成?」
「はい、昨日の雪合戦の後も、夜遅くまで報告書を整理しておられたようで…お疲れが出たのでしょうか…」
「秀吉が寝込むなんて珍しいな。信長様のためなら、這ってでも登城しそうなもんだが」
「くくっ…言い得て妙だな」
面白そうに言い合う政宗と光秀に対して、三成は困ったように顔を曇らせる。
「お二人とも…笑いごとではないのですよ。今朝、私がお止めしなければ本当に御殿を這って出ようとなさってましたので…」
「おいおい…やるな、秀吉の奴」
「はぁ…どれだけ好きなんですか、信長様のこと」
「…気持ち悪いことを言うな、家康」
信長がピシャリと言い捨てると、それを機に武将達も押し黙る。