第95章 雪の日に
大将の印である旗を持ちながらも、朱里は不満げな表情を隠さないで信長に問う。
(久しぶりに思いっきり身体を動かせると思ってたのに…旗を持ってたら思うように動けないよっ…)
「案ずるな、貴様は俺が守ってやる。誰にも奪わせん。そして、結華も俺が必ず助け出す」
「……はい?」
(ええっと…そういう趣旨の遊びでしたっけ?いつの間にか、話が変わっちゃってるっ…)
『雪合戦』に対する信長の独自解釈を今更ながら知って呆然とするが、時すでに遅く…戦いは今まさに始まろうとしていた。
「これより、雪合戦を始める。いざっ、尋常に勝負っ!」
秀吉さんの号令で、皆が一斉に配置につき、辺りにざっと雪煙が立ち込める。
この雪合戦の勝敗を決める方法は、主に三つ。
一、敵軍全員に雪玉を当てて倒すこと。
二、敵軍の大将から旗を奪うこと。
三、戦いの終了時に敵軍より多く生き残っていること。
この三つのうち、どれかが決まれば勝ち、だ。
(取り敢えずは、雪玉をたくさん作らなくちゃ、だよね)
雪玉避けの盾に身を隠しながら、せっせと雪を丸める。
ぎゅっぎゅっと押し固めるようにいくつも丸めていると、すぐに指先が冷たくなってしまう。
(うぅ…冷たっ…私も前線に行きたいなぁ…)
大将の陣は後方に据えられており、盾に隠れながら前方を窺うと、既に激しい雪上の攻防が始まっていた。
「おい、秀吉っ、お前、ちゃんと狙えよ!」
「い、いや、しかし…御館様を狙うなど、不敬の極み…くぅ…」
「秀吉様っ、危ない、避けてっ!」
「うおっ!?」
「秀吉、甘っちょろいな、貴様。俺が直々に、貴様をこの雪原に沈めてやろう」
「……だそうだぞ、秀吉、良かったな。お前の骨は、俺が拾ってやろう。くくっ…」
「てめぇ、光秀、なんで不忠義者のお前が御館様の軍なんだ!」
「秀吉様、あまり相手の挑発に乗っては…あっ、前に出過ぎていらっしゃいますよ…ああっ…!」
ーボンッ!
「はい、秀吉さん、討ち死です。お疲れ様でした」
家康の声が無常に響く。
「くっ…御館様の手に掛かったならば、むしろ本望っ。この秀吉、思い残すことはございませんっ!」
「はいはい、分かりましたから、さっさと抜けて下さい」
「秀吉、さらばだ。呆気ない最期だったな」
「うるせぇ、光秀。油断してると、お前もどうなるか分かんねぇぞ」