第95章 雪の日に
(でも、雪合戦…何だか楽しそう。こんなに雪が降り積もる日も滅多にないし、久しぶりに思いきり身体を動かせそうだわ。やってみたいな)
「……朱里、貴様…今、『やってみたい』と思っただろう?」
「ええっ…」
(何で分かったんだろう…さすが信長様)
雪合戦という未知の遊びに俄然興味が湧いた私は、期待を込めた目で信長様を見つめる。
「くっ…そんな愛らしい目で強請るな、じゃじゃ馬め」
「だ、だって、楽しそうじゃないですか。滅多に積もらない雪ですもの、折角だから満喫したいじゃないですか。ね、皆でやりましょう、信長様!」
「皆でとは…秀吉らとか?」
「はいっ!二組に分かれて…これはもう、戦ですよっ!」
「………」
楽しくなってきた。
妻となり母となってお城の中で過ごすことが多くなった私だが、幼き頃は外遊びが大好きな子供だったのだ。
「貴様はまた突拍子もないことを考えつくな。秀吉が聞いたらどんな顔をするか、大いに気になるが…まあ、よい。やるからには手は抜かんぞ?」
「もちろんです!真剣勝負ですよ」
キラキラと子供のように目を輝かせる朱里は、日頃城の中で目にする、天下人の正室としての凛とした姿とはまた違っていて、そのいきいきとした表情が魅力的で、信長は目が離せなかった。
(雪合戦がしたい、などと思いも寄らぬことを言うものだ。子供の遊びを今更と思わぬではないが…朱里となら、何をやってもきっと楽しいに違いない)
雪の日など、憂鬱なだけだと思っていた。
積もれば、移動に手間がかかるし、困りごとも増える。
空から舞い落ちる雪の華に、ただ素直に心を躍らせていたのは遠い昔の話であり、大人になれば色々と考えねばならないことも出てくる。
(朱里は、未知のものにも物怖じせず心のままに楽しもうとする。この女のそういう濁りのない自由な気質に、俺は惹かれたのだ)
年越しまでに済まさねばならない政務は未だ残ってはいるが、明日には消えてしまうかもしれない今日のこの雪の一日を、ただ思うままに愉しむのも悪くない……
「信長様?」
「ふっ…そうと決まれば、早速始めるぞ。この雪が溶けてしまう前にな」
「はいっ!」