第95章 雪の日に
執務室を出た信長は、雪がふわりふわりと舞い落ちてくる空へと目を向けてから、廊下を歩き出す。
時折、ピリッとした冷たい風が吹いて、降り積もった雪を舞い上げる。
視界が白く烟るのを、信長は悩ましげに目を細めて見遣る。
先程の秀吉からの報告では、大坂だけでなく、安土や京でもよく降っているようだった。
深く降り積もった雪のために、各地への流通に遅れが生じている。
雪に慣れていない領国では、領民達も難儀しているかもしれぬ。
年越しを前に、思わぬ雪で生活に困窮する民百姓が出ぬように、手配りしてやらねばなるまい。
(久しぶりの雪で子供らは喜んでいるだろうが、大人はそうもいかん)
つらつらと考え事をしながら冷えた廊下を歩いていると、廊下の先の庭の方から何やら愉しげな声が聞こえてくる。
「母上っ、もっと大きくしようよ!」
「ええっ…もう転がせないよ〜」
きゃあきゃあと愉しげな笑い声とともに聞こえてきた会話に、声の主を想像した信長は自然と頬を緩める。
(あやつら…何を愉しげに…)
廊下の角を曲がって庭へと目を向けた信長は、大きな雪玉が庭を転がる不思議な光景を目にする。
「朱里、結華、貴様ら何をしておる?」
「あ、信長様っ…」
「父上〜っ」
はぁはぁと白い息を吐きながら、二人は眩しいぐらいの笑顔を信長に向ける。
その二人の笑顔を見るだけで、信長は身の内が一気に暖かくなったような気になるのだった。
「雪だるま、作ってるんだよ、父上。すっごく大きいの!」
「は?」
(雪だるま…ってあれか?雪玉を二つ重ねて乗せるやつ…)
「見て下さい、信長様。結華と二人でここまで大きくしたんですよ!」
「くっ…はっ…」
子供みたいに自慢げに胸を張る朱里を見て、信長は思わず噴き出しそうになって口元を押さえる。
着物の裾を濡らし、足首まで雪に埋もれながら、結華と一緒になって無邪気にはしゃぐ朱里が可愛くて堪らなかった。
(雪で喜ぶのは子供だけかと思っていたが…貴様はやはり期待を裏切らん女だ。くくっ…どこまでも俺を楽しませてくれるわ)