第95章 雪の日に
信長は、夜着の上に羽織を纏っただけの格好で、欄干に背を預けて立っていた。
驚いて目を見張る朱里に、ニッと口の端を上げて笑んでみせると、チラリと目線を上へ向ける。
「信長様、そんなところで何をなさって…っ、えっ…わぁ!?」
信長様の視線の先、空を見上げた私は予想外の光景に感嘆の声を上げた。
「わぁ…雪っ…」
空から舞い落ちる白いものを目にした私は、慌てて信長様の傍へと走り寄る。
今朝は特に冷えるなと思ったら、いつの間にか雪になっていたらしい。
欄干に手をかけて下を覗き込むと、既に大坂城下も真っ白い雪が降り積もって、辺り一面、雪景色が広がっていたが、それでもなお上空からは絶え間なくふわりふわりと羽毛のように柔らかな雪が舞い落ちていた。
「綺麗っ…城下にも、もうあんなに積もってるなんて、夜のうちから降っていたんですね。全然気が付かなかった」
「雪の降る音は静かだからな。まぁ…昨夜は貴様の啼き声を堪能していたゆえ、雪に気付く余裕はなかったがな…くくっ…」
「やっ、もぅ…そんなこと…」
ない、とも言えない。昨夜は声が枯れるまで散々啼かされて、いつ眠りに堕ちたのか、正直自分でも記憶が曖昧だった。
昨夜の自分の乱れ様を思い出して急に恥ずかしくなってしまった私は、熱くなった顔を俯けた。
「朱里…」
「っ、あっ…」
グイッと腕を引かれ、逞しい胸元へ引き込まれたかと思うと、背中からぎゅっと抱き締められる。
「そのような格好では身体が冷えるぞ」
「ん…信長様の手も…冷たくなってますよ。ここでずっと雪を見ていらしたのですか?」
ひんやりと冷たい信長の手に自身の手を重ねて撫で摩る。
常ならば体温が高めで温かい信長の手は、すっかり冷え切ってしまっていた。
「ああ、まだ時間も早いゆえ、城下の家々も寝静まっておる。雪が降ると周囲の全ての音が吸い込まれて消えてしまったかのように静かになる。その静けさの中に身を委ねていると、時を忘れる」
「こんなに積もった雪を見るのは久しぶりですね」
土地柄、大坂は安土よりも温かいらしく、雪もそれほど降らないし、降ったとしても積もるほどではない。
昨年も、雪が降る日はあったものの、こんな風に降り積もることはなかったのだった。