第94章 聖なる夜の願い事
(っ…そうだった…『言葉を貰う』って…信長様は私に何を言わせるつもりなんだろう。私が嫌がることはなさらない方だけど…っ…閨では意地悪だし…)
何かいやらしいことを言わされるかも…そんな想像をしてしまい、恥ずかしくもありながら、どこか期待してしまっている自分に戸惑いを隠せない。
「あっ…んっ…何か、お望みの言葉があったのでは…っ、なかったのですか?」
首筋を這う舌の感触に背がゾクゾクっと甘い疼きを覚える。
口内を嬲る指先はそのままに、もう片方の手は夜着の上から身体の線をなぞるようにねっとりと触れてくる。
湯上がりの身体は感じやすく、信長様の手に撫でられるたびに、ますます柔らかく解れていくようだった。
「くくっ…これといった望みの言葉などなかったのだがな…唇に少し触れただけでこんなに愛らしい声が聞けるとは…いじめ甲斐があるな、貴様は」
「やっ、あっ…ンッ…そんな…」
身体に触れる手から逃れるようにイヤイヤと身を捩る私を、余裕の信長様は背後からガッチリと捕らえて離してくれない。
「朱里……」
口内を嬲っていた指を、ちゅぷんっと音を立てて引き抜くと、耳元で静かに話し始める。
「貴様は、俺に助けられてばかりだと言ったが、俺はそうは思っていない。俺もまた貴様に助けられてきた。貴様と出逢って、俺の目に写るこの世界は随分と変わった。貴様は俺の心を温め、俺には縁遠いものだと思っていた穏やかな時間を与えてくれた。この先、俺の隣に貴様がおらぬ日が来ることなど、想像も付かん」
「信長様っ…」
「朱里、言え。『この先、未来永劫、俺の傍にいる』と。『最期の時も、あの世でも、生まれ変わっても…貴様は俺と共にある』と」
「っ……」
「不確かな未来、あまつさえ来世の約束など、何の意味もないと、以前の俺なら嘲笑っていただろう。だが今は…たとえ不確かなものだとしても、貴様の口で誓われる言葉が欲しい」
熱の籠った深紅の瞳に真正面から見つめられて、心も身体も捕らえられたように目が離せなかった。
信長様のお傍を離れることなど、私もまた、思いも寄らないことだった。
この先も、何があろうと共に生きていく、それが当たり前だと思っていた。
言葉にして欲しい…信長様がそう願ってくれたことが、ただ嬉しかった。