第94章 聖なる夜の願い事
一つぐらい残っていないかと、慌てて籠の中をゴソゴソと漁ってみるものの、そんなに都合よく残っているはずもなく……
「っ…ごめんね。もうお終いになっちゃった……」
籠の中を覗き込む私を、不安そうに揺れる瞳で見ていたその男の子は、『お終い』という言葉を聞いた途端に、クシャリと顔を歪ませる。
不安を隠せない、悲しそうな顔。
口元が今にも泣き出しそうにふるふると震えている。
(あっ…どうしよう…泣いちゃう?)
「ご、ごめんね…あのっ…」
「朱里」
小さな瞳にみるみる湧き上がってくる雫を目にして、なんと声をかけていいのか分からず焦る私に、低く落ち着いた声がかけられる。
いつの間にか私の背後に立っていた信長様は、無言で男の子を見下ろしていた。
その深紅の瞳からは感情が読み取れず、男の子は突然目の前に現れた信長様が恐ろしいのか、涙の滲みかけた瞳を伏せて下を向いてしまった。
「あ、あのっ…信長様?」
気まずい雰囲気に焦りつつ声をかける私を、信長様は目で制して男の子に向き合うかたちで声をかける。
「顔を上げよ」
静かに告げられた言葉は冷たくも聞こえて、男の子はビクリと肩を震わせた。
顔を上げられずに、怯えた様子でますます下を向く男の子が気の毒になってしまい、間に割って入ろうとした私よりも早く、信長様はその場に膝をついて男の子の顔を覗き込んだ。
「……手を出せ」
震えながら差し出された手に、信長様は懐から取り出した巾着袋をストンと乗せる。
金糸銀糸が使われた煌びやかな織りの巾着袋に目を奪われるが、信長様は気にした様子もなく、男の子に見せるように袋の口を開く。
「うわぁ!お星様みたいっ!」
感嘆の声を上げる男の子は、驚きで涙も止まってしまったようだった。
「これは金平糖という異国の菓子だ。皆が貰ったものとは違う菓子だが、美味いぞ。これを貴様にやる」
「えっ…でも……」
見るからに高価そうな袋と菓子を前にして戸惑う男の子に、信長様は悪戯っぽく笑ってみせる。
「残りものには福がある、と言うであろう?遠慮はいらん、持っていけ」
「ありがとうございますっ、信長様っ!」
ぱぁっと弾けるような笑顔になった男の子は、信長様にペコっと頭を下げてから、大事そうに巾着袋を胸に抱いて帰っていった。
(っ…よかった…)