第94章 聖なる夜の願い事
礼拝で神父様のお話を聞いた後は、オルガンの演奏と賛美歌を聴いた。
荘厳なオルガンの音色と美しい歌声は、異国の情緒が感じられ、心が洗われるようだった。
(日ノ本の音曲も素晴らしいけれど、異国の音色は本当に美しい。いつまでも聴いていられるわ)
うっとりとオルガンの音色に聴き入っている私を見て、信長様は満足そうに口の端を緩める。
「貴様はよほどオルガンが好きとみえる。そんなに気に入っているなら、自分で弾いてみたらどうだ?」
「ええっ!?それはちょっと…」
「無理ではなかろう?貴様は笛や鼓も上手くやるではないか」
「いやいや、それとこれとは別物ですよ。あんな風に上手に指先を動かすのは難しそうで…」
「くくっ…やる前から諦めるとは、貴様らしくないな。俺は貴様のこの美しい指先が奏でる音色を聴いてみたいのだがな」
そっと手を取られ、指先をやわやわと撫でられる。
爪の先まで丁寧に撫でられて、その優しい手つきにトクトクと胸の鼓動が早くなる。
「朱里…俺のために弾いてはくれぬか?」
優しく手を握られたまま、じっと見つめられて囁くように甘い声音で乞われる。
「やっ、あっ…信長様っ…」
周りにまだ人がいる中で熱っぽく見つめられるのが恥ずかしくて手を引こうとする私を、当然のことながら信長様は許してはくれなかった。
(ずるいっ…そんな風に求められてしまったら、貴方のために弾いてみたくなる。貴方が喜んでくれるなら頑張ってみようっていう気になる)
愛しい人の言葉一つで、自分の気持ちはこんなにも簡単に変わる。
無理だと諦めていたことも、信長様が『大丈夫』と言ってくれたら出来る気がしてくるのだ。
貴方が望んでくれるなら…
貴方が喜んでくれるなら…
どれほどに難しいことでも、してあげたいと思えるのだから…