第94章 聖なる夜の願い事
それから数日後、信長様のご政務が一段落した日の昼下がり、私達は城下の南蛮寺を訪れていた。
「信長様、ようこそお越し下さいました」
出迎えてくれた宣教師の顔を見て、信長は驚いた様子を見せる。
「フロイス、貴様、何故ここにおる?」
フロイスと呼ばれた男性は、ニコニコと人懐っこい笑顔を見せながら私にも会釈してくれる。
「数日前に京よりこちらに参りました。しばらくはこちらの手伝いをして、また京に戻ります。ご挨拶が遅れまして申し訳ございませんでした」
「全くだ、来たなら来たと早く知らせよ」
無愛想に言い放つ信長様だが、口調とは裏腹に表情はとても嬉しそうで、フロイス様に会えたことを喜んでおられるのが分かった。
(フロイス様…信長様とも随分とお親しいご様子だけど、京の南蛮寺の神父様なのかしら…)
信長様の隣で恐る恐る立っていた私にも、フロイス様は気さくに話しかけてくれた。
「信長様、こちらは奥方様ですか?とってもお美しい方ですね!」
「あ、ありがとうございます」
「朱里、フロイスは京の南蛮寺の宣教師だ。安土におるオルガンティノとも旧知の者だ」
「まぁ!オルガンティノ神父様のお知り合いなのですね!」
「はい、オルガンティノ殿とは布教のため共に日ノ本各地を巡りました。今は京と安土に離れておりますが、親しき同胞にございます」
フロイス神父に先導されて中へ入ると、人は疎らで数人の男女が神妙な面持ちで祈りを捧げていた。
「生憎と、ちょうど午後の礼拝が終わったところなのです」
「いや、構わん。祈りに来たわけではない」
残念そうに言うフロイス神父に対して無愛想に返す信長様の言いように慌ててしまう。
「信長様ったら、そんな言い方しなくても…す、すみません」
「いえいえ、お気になさらず…ではオルガンをお聴きになりますか?」
「いや、それは後でよい。先に見てもらいたいものがあるのだ…朱里」
「は、はい。あの、神父様、これを見ていただけますか?これは異国の置き物のようなのですが、この人形達の場面を、神父様はご存知ですか?」
帛紗に包んで大事に懐に抱いてきた置き物を、そおっと取り出してみせる。玻璃の器の中の液体が、ゆらゆらと揺らめいていた。
「おおっ、これは『スノードーム』ですね。私の国でも作られています。これは…イエス様の御降誕の場面ですね」