第94章 聖なる夜の願い事
さり気ない触れ合いにもドキドキしてしまう私を、愉しげに見ておられた信長様だったが、何気なく盆の上に視線を向けて怪訝な顔をなさる。
「朱里、それは何だ?」
「え、あっ、これは……」
盆の上にはお茶と豆大福の皿の他に、もう一つ、上から帛紗をかけて乗せていたものがあった。
「これ、蔵の整理をしていて見つけたんです。信長様にも見て欲しくて…見て下さい、綺麗でしょう?」
柔らかな絹の帛紗を取って信長様にお見せしたのは、例の異国の置き物だった。
「ほぅ…これは、玻璃か?中に何か入っているな…人形と、これは何だ?ん?水が入ってるのか…雪が降っているみたいに見えるな。ふ〜ん…何とも変わったものだな」
信長様は置き物を手に取ってじっくりと眺めては、ひっくり返したり振ったりと興味津々で観察なさっている。
その様子は、新しいカラクリを手にした好奇心たっぷりの子供のようだった。
「異国の商人からの献上品でしょうか?とっても綺麗なので私、ひと目で気に入ってしまって…持ってきてしまいました。
この人形達、何かの物語の場面を模しているようなんですけど、信長様はご存知ですか?」
「ん?ふーん……物語、なぁ…」
ジロジロと見ながら、何事か思案し始める信長だったが……
「…これと似た絵を安土の南蛮寺で見た気がする」
「え?南蛮寺…ですか?」
南蛮寺は私達が祝言を挙げた場所でもあり、私も安土にいた頃は信長様と一緒に時折訪れていた。
信長様は神や仏の教えは自分には不要だと言いながらも、民達が信仰を心の拠りどころとすることは黙認されている。
安土では、宣教師達の求めに応じ、南蛮寺やセミナリオ(神学校)の建設に便宜を図り、吉利支丹たちの信仰を庇護されていた。
安土の南蛮寺には、宗教画や神像などが数多飾られていたような記憶があるが、それのことだろうか……
「……気になるのか?」
遠く安土へと想いを馳せていた私は無言になっていたらしい。
顔を覗き込むようにジッと私の方を見る信長様の視線に、ようやく気付いた。
「あっ…えっと…安土の南蛮寺のことを考えていました。そう言われてみれば神父様に教えていただいたことがあるような……『聖書』、と申しましたかしら?神様の教えが書いてある書物…あれの中に書いてあるお話なのでしょうか?」