第94章 聖なる夜の願い事
「い、いってらっしゃいませ…」
「ああ、行ってくる」
すっきりと爽やかな顔をした信長様とは逆に、二日続けて褥の上からのお見送りとなってしまった私は、襖が閉まって信長様の背中が見えなくなった途端、ガックリと肩を落とした。
(あぁ…情けない。二日連続でこんな…信長様に甘え過ぎだな、私)
気怠い身体を引き摺るようにして起き上がり、ノロノロと身支度を整える。
本当に、信長様の体力には驚かされる。
どんなにご政務でお疲れの日でも、どんなに激しく交わった日でも、翌朝は常に平静でいらっしゃるのだから。
(体力…?精神力…?の違いかしら…)
身支度を整えて、吉法師を抱いて寝所を出たところで、私はふと足を止めた。
「あっ…忘れてた…」
文机の上に置いてあったものを見て思い出した。
昨日、蔵の整理の時に見つけた、玻璃でできた異国の置き物。
あまりにも綺麗で一目で気に入ってしまった私は、これがどういうものなのかを信長様に聞いてみようと思い、秀吉さんにお願いして蔵から持ち出していたのだった。
(信長様にも見てもらおうと思ってたのに、言いそびれちゃったな)
手の中でそっと揺らしてみると、玻璃の器の中で粉雪がちらちらと舞う。朝日に翳してみると、光がキラキラと反射して美しかった。
「うわぁぁ…綺麗っ…」
うっとりと見惚れていると、腕に抱いていた吉法師もそれを見てキャッキャッと楽しげな声を上げるではないか…
「ふふ…吉法師も分かるの?綺麗ねぇ…」
ニコニコと笑いながら手を伸ばして触れようとする微笑ましい我が子の様子に、見ているこちらも嬉しくなる。
(こんなに綺麗なものが蔵の奥に眠ってたなんて…これはどこから来たものかしら)
異国から海を越えてやって来たのだろう。
異国の物語の場面を模しているようだが、どんな物語なのだろう。
見ているだけで興味を惹きつけられて止まないその異国の置き物を、朱里は大事そうに抱えて天主を出たのだった。